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9日間で興収7169元→6000万元超|母子で作ったアニメ『牛来』はなぜ酷評から大ヒットした?

中国で公開された86分のアニメ映画『牛来(Niu Lai)』が、異例の興行成績を残しています。

公開から9日間の興行収入は7169元(約17万円)、観客は全国で300人未満。
それがSNSで話題になった後に上映回数が急増し、9月1日には6000万元(約14億円)を突破しました。

ただし、口コミで高評価が広がった一般的なヒットとは事情が違います。
最初に拡散したのは、むしろ「2026年の劇場アニメとは思えない」と作品の粗さを驚く投稿でした。

『牛来』は、作品への評価と「観に行きたい」という行動が逆方向へ動いた珍しいケースです。

母子を中心に、5年かけて86分のアニメを完成させた

『牛来』を監督したのは信雨萌氏。母親の孫麗芳氏が脚本や女性キャラクターの声、楽曲制作などを担当し、中核となる制作を2人で進めました。

中国の映画情報サイト1905電影網によると、信氏は建模、リギング、アニメーション、ライティング、レンダリング、編集、男性キャラクターの声など、多くの工程を自身で担当。制作には約5年を費やし、機材には中古で購入した家庭用PCなども使われています。

リギングとは、3DCGのキャラクターへ骨格や関節を設定し、動かせる状態にする工程です。モデルを作っただけではアニメーションできないため、キャラクター制作では重要な作業になります。

信氏はアニメーションの専門教育を受けた人物ではなく、もともと景観設計に携わっていました。建築・景観で空間を組み立てる感覚を3DCGへ応用しながら制作を覚えていったと説明しています。

映画としての公開許可も正式に取得しています。中国国家電影局の公示には、『牛来』が「電審動字〔2024〕第33号」の国産アニメーション作品として掲載されています。

最初の9日間、観客は全国で300人にも届かなかった

『牛来』は8月5日に中国で公開されました。

初日の興行収入は約3400元(約79,000円)。9日間を合わせても7169元(約17万円)で、全国の観客数は300人未満だったと報じられています。

現在までの推移を並べると、変化の大きさがわかります。

  • 8月5日
    • 中国で劇場公開
    • 興行収入約3400元(約79,000円)
  • 8月13日
    • 観客300人未満
    • 興行収入7169元(約17万円)
  • 8月中旬
    • SNSで映像や興行成績が拡散
    • 1日の上映が約2.2万回まで増加
    • 〝鑑賞記念投稿〟が相次ぐ
    • 興行収入は1477万元(約3億5000万円)を突破
  • 9月1日
    • 累計興収6000万元(約14億円)を突破
  • 9月6日
    • 6000万元を超えて上映継続

Cartoon Brewによれば、話題になる直前の8月13日には1日の興収が921元(約2万円)だった一方、3日後には609万元(約1億4,000万円)まで増加。

上映回数も一時は1日5回未満から約2万2000回まで増えました。

夢のある話ですね

普通なら、この成績の作品は人の目に触れないまま上映を終えていても不思議ではありません。

転機になったのは、作品を褒める投稿ではありませんでした。

「CGがひどい」という投稿が、逆に広告になった

SNSでは本編の映像が広がり、「CGが粗い」「AI生成よりひどい」といった反応が相次ぎました。

水墨画調の繊細なポスターと、本編のCG表現との差も話題になっています

一般的な映画なら悪評が広がれば客足が落ちますが、『牛来』では反対のことが起きました。

「そんなに"すごい"なら自分でも見てみたい」という好奇心が生まれ、映像を使った二次創作やジョークが増え、映画館側も上映を追加。

Reutersは、この現象を低予算作品に対する若い観客の支持や、共同で楽しむイベント化など複数の要因が重なったものとして報じています。

つまり、口コミの内容がポジティブだったから売れたのではありません。

話題そのものが、作品を見る理由になりました。

アニメ映画「牛来」のポスター

映画ではなく「みんなで『牛来』を見る体験」にお金が払われた

1905電影網の記者が実際に劇場へ足を運んだレポートは、この現象を理解するうえで興味深いものです。

記者が訪れた北京の約100席の上映回では、夜22時45分開始にもかかわらずほぼ満席。観客の多くは友人などと一緒に訪れ、上映中には笑いが起こり、終了後には拍手もあったといいます。

同記事では、観客から「重要なのはみんなで見る感じ」という趣旨の声も紹介されています

つまり購入されたものを、86分のアニメーション作品だけだと考えると説明がつきません。

  • SNSで話題になっている作品を劇場で確認する
  • その場の反応まで含めて共有する
  • 観た後には友人やSNSで話せる

『牛来』は途中から、その体験全体が商品になっています。

1905電影網はこれを「社交貨幣(ソーシャルカレンシー)」と表現しています。

ソーシャルカレンシーとは、知っていることや体験したことが、人との会話やSNSで価値を持つという考え方です。「あれを見た」「あそこへ行った」こと自体が話題になる状態も含まれます。

「良い作品ほど売れる」という一本線では説明できない

クリエイターにとって、この事例は少し扱いにくいものです。

『牛来』のヒットを見て「完成度は低くても公開すれば売れる」と結論付けるのは明らかに違います。

1905電影網も、この現象を再現可能な成功パターンとして扱うべきではないと指摘しています。ネット上の偶発的な話題、二次創作、上映館の追加、集団鑑賞の盛り上がりなどが連鎖した結果であり、同じことを狙って起こせる保証はありません。

一方で、「制作物の品質だけが購入理由を決めるわけではない」という事実は残ります。

購入や視聴につながる理由には、少なくとも次のようなものがあります。

  • 作品そのものが優れている
  • 作者や制作背景に興味がある
  • SNSで話題になっている
  • 誰かと一緒に体験したい
  • 自分でも確認したい
  • 観た後に誰かと話したい

『牛来』では、そのうち後半の要素が異常なほど強く働きました。

良い作品を作ることと、作品を見てもらう理由を作ることは、同じ仕事ではありません。

制作背景を知ると、見え方がもう一度変わる

当初は「完成度の低い劇場アニメ」として拡散した『牛来』ですが、母子を中心に長期間制作された経緯が知られるにつれ、反応にも変化が生まれました。

信氏は制作中、外部チームや大規模な制作環境を持たず、多くの技術を自分で学びながら作品を完成させています。母の孫氏も脚本、配音、楽曲制作などに参加しました。

Reutersも、映画の技術的な粗さとは別に、DIY的な制作背景が観客から支持された側面を報じています。

映画の映像だけを見た場合と、「母子を中心に5年かけて作った86分の自主制作作品」という背景を知った後では、同じカットでも受け取り方が変わります。

ストーリーは作品内だけに存在するものではありません。誰が、なぜ、どうやって作ったのかという制作背景も、公開後には作品を構成する情報になります。

「制作過程を発信しよう」という単純な話でもない

この事例から「クリエイターは制作過程を発信すべき」とまとめるのも少し違います。

『牛来』は、公開前から5年間の制作ストーリーをマーケティングへ利用していたわけではありません。むしろ公開時には大きな宣伝がなく、作品が話題になった後から制作背景も掘り起こされました。

結果として、

  • 作品への驚き
  • SNSで拡散
  • 劇場体験のネタ化
  • 制作背景への関心

という順番で価値が増えています。

作品を知ってもらう入口と、好きになってもらう理由が別だったとも言えます

最初は笑うためにチケットを買った人が、制作背景を知って作者へ興味を持つこともある。

逆に制作背景に感動しても、映画そのものを高く評価するとは限りません。

この二つを無理に一緒にする必要もありません。

完成させたからこそ、偶然が起きる場所に作品を置けた

『牛来』のヒットには、明確な再現方法がありません。

SNSで酷評されれば売れるわけでもなければ、低予算だから応援されるわけでもありません。
技術的な粗さを意図的に作ったところで、同じ現象が起きる可能性は低いでしょう。

それでもクリエイター視点で一つ残るものがあります。

信氏は5年間制作を続け、86分の作品を完成させ、正式な映画として劇場へ出しました。

最初の9日間で7169元しか売れなかった時点でも、作品自体はすでに存在していました。
そこへ後からSNSの偶然が重なっています。

未完成のプロジェクトには、この偶然は起こりません。
高い完成度を目指すことと、完成させることはどちらも重要ですが、大規模な個人制作では両者が衝突する場合があります。

『牛来』は作品の粗さまで肯定する事例ではないものの、完成して世に出た作品だけが、作者の想定外の場所まで進む可能性を持つことは強烈に示しています。

9月1日時点で興行収入は6000万元を突破。
上映期間も10月4日まで延長されたと報じられており、公開直後にはほとんど誰にも見られていなかった映画が、まだ中国の映画館で上映されています。

作品の評価と商業的な成功がここまで離れるケースは多くありません。
だからこそ『牛来』は、「どうすれば売れるか」の教材というより、人が作品へお金を払う理由はどこまで複雑になり得るのかを考える材料として面白い作品です。

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デザイン制作とWeb運営に携わりながら、クリエイター向けサービスや制作ツールの情報を追っています。

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