アニメ制作スタジオCloverWorksが、社内向けに制作したガイドブック『制作進行の手引き』の詳しい内容を公開しています。
制作進行の仕事内容だけを説明した簡単なマニュアルではありません。
- 打ち合わせの準備
- 素材の扱い
- 原画や動画の発注
- 各セクションとの連携
- 実際のメールや会話例など
商業アニメが完成するまでの流れを制作進行の視点から体系化したものです。巻末には604語を収録した用語集も付いています。
CloverWorksがこの手引きを作った背景には、アニメ業界で長く続いてきた「現場で覚える」教育の難しさがあります。
「制作進行の仕事」を一冊にまとめた手引き
『制作進行の手引き』は、CloverWorksが制作進行の育成を目的に企画した社内向けガイドブックです。
制作進行だけでなく、入社したスタッフ全員へ配布されています。
制作進行は、ひとつの話数について最初から納品まで関わるポジションです。
アニメーター、演出、仕上げ、撮影など複数のセクションと連携しながら、素材やスケジュールを管理します。
そのためCloverWorksは、制作進行の仕事を理解することが、アニメ制作全体の流れを理解することにもつながると考えました。
内容は大きく3部に分かれています。
| 構成 | 主な内容 |
|---|---|
| 第1部 打ち合わせ・イベント管理 | 演出打ち合わせ 作画打ち合わせ 編集 アフレコなど |
| 第2部 素材管理 | 絵コンテ 設定 レイアウト 原画などの扱い |
| 第3部 各セクションとの連携 | スケジュール管理 発注 伝票 メールや会話例など |
仕事の流れだけを順番に並べるのではなく、現場で実際に起こるイレギュラーやコミュニケーションまで扱っているのが特徴です。
手引きのためだけに架空のアニメを実際に制作
かなり凝っているのが、説明に使う素材です。CloverWorksは手引きのために『アニごと』『クラウン・オーダー』というオリジナル作品を企画し、実際に撮影工程まで進めたデータを用意しています。
キャラクター設定や制作途中の素材を架空の図で再現したわけではなく、実際の制作フローから生まれたデータを教材として使用しています。
制作進行の仕事は文章だけ読むとかなり抽象的です。「原画が上がったらどう扱うのか」「どの段階で誰に何を渡すのか」といった部分は、実際の素材を見ながら追った方がずっと分かりやすい。
社内マニュアルを作るために、教材用の作品を撮影まで進めてしまうあたりはかなり本気です。
メールや会話まで実例として掲載
第3部では、原画や動画などの発注方法だけでなく、発注時の具体的な会話やメールのやり取りまで扱っています。
制作進行の仕事では、正しい工程を知っているだけでは足りません。
- 相手に何を伝えるか
- トラブルが起きたときに誰へ相談するか
- スケジュールが変わったときにどう動くか
といった判断も必要になります。
そのため手引き全体でも「報告・連絡・相談」とコミュニケーションが大きなテーマに置かれています。
こうした部分は、業界に限らず社内マニュアルを作るときにも参考になりそうです。
「業務フローはこちら」で終わらせるのではなく、実際に迷う場面まで教材にする。
新人がつまずくのは、案外こういうマニュアルに書かれていない部分だったりします。
604語のアニメ制作用語も収録
巻末には、関連用語を含め604語を収録した用語集があります。
本文中に専門用語が登場した場合も、その場で確認できるよう欄外に説明を付けています。
アニメ制作は工程ごとに専門用語が多く、配属されたばかりの人にとっては「仕事を覚える以前に、会話に出てくる言葉が分からない」という状況も起こります。
仕事内容と用語集を別々に覚えさせず、実務の説明と結び付けている点はかなり合理的です。
なぜ「現場で覚える」だけではダメだったのか
CloverWorksが手引きを作った理由を追うと、さらに興味深い話が出てきます。
企画の中心となった山口ひかる氏は、制作進行の育成がうまく回らない背景として、中堅スタッフの不足を挙げています。
新人の制作進行が早い段階で離職すると、数年後に新人を育成する立場の人材が不足します。
残ったスタッフもデスクや管理業務で忙しくなり、新人教育まで手が回らない。その結果、本来制作へ集中したい演出やクリエイターが新人へ仕事を教えることになり、現場全体の負担が増えていくという構造です。
山口氏自身、監督や演出として現場に立つ中で、過酷なスケジュールや管理不足による現場の機能不全を経験し、「制作進行と演出家の育成が必要だ」と考えるようになったと話しています。
つまり、この手引きは単なる新人向けマニュアルとして始まったわけではありません。教育を現場の善意や経験だけに依存させる構造そのものを変えるための試みです。
学校教育への導入も試している
『制作進行の手引き』は現在、社内教育だけでなく学校教育での活用も検討されています。
CloverWorksは大学や専門学校と協力し、アニメ業界への就職を目指す学生が商業アニメ制作を学ぶための教材として使うカリキュラムを試しています。
想定されている授業では、1話分のアニメを制作する前提で手引きを参照しながら工程を学び、模擬打ち合わせなどのグループワークも行います。
これまで入社してOJTを受けなければ知りにくかった実務を、業界へ入る前に学べるようにする狙いです。
なお、現在この手引きは一般向けには販売されていません。
学校や法人からのカリキュラム利用・販売に関する問い合わせは受け付けていますが、個人からの問い合わせは対象外です。
クリエイティブ業界ほど「暗黙知」が多い
この取り組みが面白いのは、アニメ制作だけの話ではないところです。
デザインや映像、編集などのクリエイティブ職では、「実際に仕事をしながら覚えるもの」がかなり残っています。
ファイルの作り方は教えられても、
- 修正依頼をどう受けるか
- どの段階で相談するか
- 次の工程の人が困らないデータとは何か
といった部分は先輩の仕事を見ながら覚えることも多いでしょう。
経験から覚えること自体が悪いわけではありません。問題になるのは、誰に教わるかによって得られる知識が変わったり、教える人が忙しいだけで新人の成長速度まで変わったりすることです。
CloverWorksの手引きは、そこを可能な限り言葉と図にしています。
制作の品質を上げるために、最新ソフトやAIを導入する話はよくあります。
一方で、すでに現場に存在する知識をきちんと残すことも、制作環境を改善する立派な仕組みづくりです。
派手な新技術ではありませんが、クリエイティブの現場を長く回していくという意味では、こういう取り組みの方が効くこともありそうです。