32年間作り続けられた書体、石碑とカリグラフィの中間を探る書体、1970年代のフォトタイポグラフィを現代へ持ち込んだ書体。
2026年9月も、海外のタイプファウンドリから個性の異なるフォントが登場しています。
海外クリエイティブメディアCreative Boomが9月18日、今月注目の新作フォント11書体を公開しました。ここでは各ファウンドリの情報も確認しながら、装丁、エディトリアル、パッケージ、Web、ロゴなど、デザイナー目線で気になる書体を見ていきます。
32年かけて完成した「Exemplar」

今月の中でも背景まで含めて面白いのが、スウェーデンのタイプファウンドリLetters from Swedenによる「Exemplar」です。
デザイナーのGöran Söderström氏がこの書体を描き始めたのは1994年。Power Macintosh 7100を使って制作を始め、その後も改良を続けてきました。2008年には第2版を公開。そして2026年、32年を経て最終版へ到達しています。
完成版は5ウェイト+イタリック。Letters from Swedenの公式情報では1,018グリフを収録し、ラテン、キリル、ギリシャ、アラビア文字を含む370言語をカバーするとしています。
グリフとは、フォントの中に収録されている個々の文字や記号の具体的な字形を指します。同じアルファベットでも、アクセント付き文字や異体字などが増えるほど収録グリフ数も増えていきます。
面白いのは、完成記念の見せ方です。
Letters from Swedenはイタリアのピエトラサンタで、Exemplarの歴史を大理石のストリートサインとして実際に彫刻しました。長期間デジタル上で調整されてきたフォントを、最後に石へ刻んで残しています。
新しいフォントのプロモーションというより、一つの書体を「32年間続いたデザインプロジェクト」として見せているところまで含めて印象に残ります。
英国とフランスの文字文化を交差させた「Castillon」

205TFから登場した「Castillon」は、Malou Verlomme氏によるセリフ書体です。
出発点になっているのは、フランスと英国という2つのタイポグラフィの系譜。そして幅広のペン先を使うブロードニブペンと、石へ文字を刻むためのノミという2種類の道具です。
英国側ではEdward JohnstonやDavid Kindersley、フランス側ではMaximilien Vox、José Mendoza y Almeida、Roger Excoffonなどの流れを背景にしています。
完成した字形だけを見て「クラシックなセリフ体」と判断するより、どの道具で文字を書く/彫ることを想定した形なのかまで見ると面白い書体です。
装丁やエディトリアルで歴史性を出したいものの、単純に古典書体を置くだけでは硬すぎる。そんな場面で候補になりそうです。
ブラジルのブルータリズムから生まれた「Autêntica Serif」
Sofia Mohr氏の「Autêntica Serif」は、Autênticaスーパーファミリーへ追加されたセリフ版です。
Creative Boomによると、ブラジルのブルータリズム建築と、建築を取り巻く風景や光との関係から着想を得ています。丸みを持った太いセリフ、柔らかな角、しずくのように開くターミナルなど、一般的なセリフ書体とは少し違った表情があります。
6ウェイトに加えてバリアブルフォントも用意され、ブランディング、パッケージ、エディトリアル、文化施設などの用途が想定されています。
バリアブルフォントは、一つのフォントファイルの中でウェイトや幅などを連続的に変化させられる形式です。Webでは画面サイズやデザインに合わせて太さを細かく調整するといった使い方もできます。
19世紀の初期グロテスクを再解釈した「Foundry Kingdom」
David Quay氏とStuart De Rozario氏による「Foundry Kingdom」は、19世紀初頭のグロテスク体をルーツにした書体です。
鉄道の文字、新聞、活版印刷など、素早く明確に読ませる必要があった時代の文字を背景に持っています。LightからBlackまで14スタイルを収録しています。
現在の整ったサンセリフとは違い、a、c、g、j、r、s、t、yなどの末端に強い個性が残されています。
「古いサンセリフ感は欲しいけれど、ヴィンテージフォントそのものにはしたくない」というデザインで使いやすそうです。
名作Peignotに「丸い」選択肢、「Peignot Jumbo」
A.M. Cassandreによる名作「Peignot」に、新たな展開が加わりました。
Production TypeのHouse of Cassandreから登場した「Peignot Jumbo」です。
Creative Boomによると、オリジナルのファウンドリアーカイブにはPeignotの丸みを強調したバージョンが存在しなかったため、新たに制作されたものです。
想定されているのは大きなサイズで使うディスプレイ用途。
ポスター、ファッション、文化施設、雑誌など、文字自体をグラフィックの中心へ置きたい場面と相性が良さそうです。
BodoniとDidotから出発して「矛盾」を残したVieno

SpokeのTeo Tuominen氏が制作した「Vieno」は、BodoniやDidotのような書体を出発点としながら、機械的な形と有機的な形を意図的に共存させています。
端部は硬い四角形、ドットはダイヤモンド型。クラシックな高コントラスト書体をそのまま再現するのではなく、現代的な違和感を残しています。
ExtraLightからBlackまで15ウェイトと、それぞれに対応するイタリックを用意。さらに対比用のモノスペーススタイルも収録されています。
1970年代のフォトタイポグラフィを現代化した「Novaform」

Identity Lettersの「Novaform」は、1970年代の幾何学的なタイポグラフィを背景にした書体です。
当時のフォトタイプセッティングでは、KabelやFuturaのような書体をもとに、大きなxハイトや大文字同士が絡むリガチャーなど、ディスプレイ用途に振り切った表現が作られていました。
Novaformはその特徴を引き継ぎながら、本文でも使いやすい方向へ再設計されています。10ウェイトを用意し、スタイリスティックセットやリガチャー、Unicaseモードなどで個性の強さを調整できます。
リガチャーは、複数の文字を一つにつなげた合字です。「fi」「fl」のように読みやすさを目的としたものだけでなく、ロゴのように文字同士を大胆につなげる装飾的なリガチャーもあります。
パッケージにも使いやすそうな「Raimundo」

Latinotypeから登場した「Raimundo」は、Enrique Hernández氏による書体です。
幾何学的なサンセリフとグロテスク体の中間に位置し、丸い形状と開いたカウンターを持っています。a、e、gには別字形も用意され、ニュートラル寄りから表情の強い文字へ切り替えられます。
541グリフに加えて、文字による顔文字も収録。ExtraLightからExtraBoldまで8ウェイトです。
Creative Boomでは、食品、小売、パッケージ、デジタルプロダクト、ブランドアイデンティティなど、消費者と直接接する用途に向く書体として取り上げています。
本文と見出しを同じ世界観で作れる「Arpeggio」

Paulo Goode氏による「Arpeggio」は、Baskerville、Caslon、Mrs Eaves、Georgia、Perpetua、Bookmanなどの代替候補として設計されたトランジショナル・セリフです。
TextとDisplayの2系統があり、ThinからBlackまで展開。ファミリー全体では27フォント、500以上のグリフを収録しています。
Text側は本文での読みやすさを重視し、Display側ではシャープな形やスワッシュなど文字の表情を強めています。
スワッシュは、文字の始点や終点を大きく伸ばした装飾的な字形です。タイトルやロゴなどで文字そのものを見せたいときに使われます。
Creator Deskの読者なら、特に書籍・ZINE・雑誌系のデザインで使い方を想像しやすい書体でしょう。
本文とタイトルで別々のフォントを探すのではなく、同じファミリーのTextとDisplayを使い分けることで、統一感を保ったまま強弱を作れます。
石に刻んだような形を持つ「The Henston」
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Elena Genova氏による「The Henston」も、装丁をする人には見ておきたい書体です。
Berthold WolpeのAlbertusやHermann ZapfのOptimaなど、石へ刻まれた文字を思わせる「incised letterforms」から影響を受けたフレアセリフです。
ThinからBlackまで7ウェイト、それぞれにイタリックを用意。公式サイトではWebサイト、雑誌、ブックカバー、ブランディングなどでの使用を想定しています。
イタリックにはカリグラフィの要素が入り、リガチャー、スワッシュ、オルタネート、スタイリスティックセットも収録されています。
海外小説の装丁や文化系雑誌など、上品さは欲しいけれど典型的な明朝系セリフとは違う表情が欲しい場面で試したくなります。
Push Pin Studiosの空気を受け継ぐ「Partiche」

最後はRichard Lipton氏の「Partiche」。
Seymour Chwast氏のグラフィック表現から着想を得たサンセリフで、くさび形のターミナルや彫刻的な突起などを取り入れています。
Seymour Chwast氏は、Milton Glaser氏らとPush Pin Studiosを設立したグラフィックデザイナー/イラストレーターです。20世紀中盤以降のアメリカのグラフィックデザインに大きな影響を与えました。
一見すると線幅の揃ったサンセリフですが、細部を見るとカリグラフィ的な考え方が残されています。
整いすぎたサンセリフでは物足りないものの、ディスプレイ書体ほどクセを出したくない場面で面白そうです。
今月は「新しい形」より、過去とのつながりが面白い
11書体を続けて見ると、2026年9月は奇抜な字形だけを競うような新作が並んでいるわけではありません。
19世紀のグロテスク、BodoniやDidot、1970年代のフォトタイポグラフィ、石に刻まれた文字、Push Pin Studios。さらにExemplarに至っては、書体そのものの制作期間が32年に及びます。
古いものをそのまま復刻するのではなく、過去の文字文化から何を残し、現在の制作環境でどこを変えるのかというアプローチが目立ちます。
フォント探しというと、つい「見た目が好きか」で一覧を流してしまいます。
けれど、書体が何を参照して作られたのかまで追ってみると、装丁やパッケージで「なぜこのフォントを選んだのか」を説明する材料にもなります。
気になる書体があれば、サンプル画像だけで判断せず、各ファウンドリが公開しているType Specimenも見ておくのがおすすめです。
関連リンク
Creative Boom「The best new fonts for September 2026」
Letters from Sweden「Exemplar」
205TF「Castillon」
Paulo Goode Type Foundry「Arpeggio」
My Creative Land「The Henston」