生成AIでイラストを作ると聞くと、「イラストレーターへ依頼する代わりにAIを使った」という構図を想像しやすいかもしれません。
音声ジャーナリングアプリ「Untold」のリブランディングでは、少し違った使われ方をしています。
ブランドを手がけたニューヨークのクリエイティブエージェンシーThe Working Assemblyは、人間が制作したビジュアルを起点に独自のAIシステムを構築。完成したイラストを大量に生成するためではなく、ユーザーがアプリへ入力した感情や経験に合わせてビジュアルが変化する仕組みとしてAIを組み込んでいます。
生成AIとクリエイターの関係を考えるうえで、かなり面白い事例です。
音声ジャーナリングアプリ「Untold」がリブランディング
Untoldは、声で日記を残せるジャーナリングサービスです。
話した内容から感情や繰り返し現れるテーマなどを読み取り、ユーザー自身の振り返りを助けます。
The Working Assemblyによる今回のリブランディングでは、ロゴやタイポグラフィ、言葉遣いなどを含むブランド全体が再設計されました。
その中でも特徴的なのが、独自の「AI illustration system」です。
Transform Magazineによると、新しいブランドではAIを前面に押し出す近未来的な表現を避け、手描き感のあるイラストや人間らしい不完全さを意識したデザインが採用されています。
AIサービスだからといって、光るグラデーションや3Dオブジェクトを使う必要はない。
最近のAI系ブランドを見ると、それだけでも少し新鮮です。
「なぜイラストレーターへ依頼しなかったのか?」
この事例を最初に紹介したCreative Boomは、AIによるイラストシステムを高く評価しつつも、一つの疑問を投げかけていました。
なぜ、人間のイラストレーターへ依頼しなかったのか。
その後、読者からも同じ疑問が寄せられたため、Creative Boomは9月2日にThe Working Assemblyの創業者Jolene Delisleへ改めて取材しています。
そこで説明された制作方法が、この事例の面白いところです。
The Working Assemblyによると、今回の目的は「AIかイラストレーターか」を選ぶことではありませんでした。
あらかじめ完成したイラストを何十枚も用意するのではなく、ユーザーが入力した感情、思考、経験に応じて変化し続ける視覚システムを作りたかったと説明しています。
固定素材の制作ではなく、ブランド表現そのものを動的にしたかったわけです。
最初のビジュアルは人間が制作
Untoldのイラストを、何もないところから画像生成AIへプロンプトを入力して作ったわけではありません。
The Working Assemblyのチームメンバーが、まずこのプロジェクトのために最初のイラストを制作しました。
そのビジュアルを参照元として、具体的な制作ルールや制約を設定した独自AIエージェントを構築しています。
さらに生成結果をそのまま採用するのではなく、
- テクスチャ
- 色調
- 光
- 構図
- 細かな描写
などを繰り返し調整し、狙っているスタイルへ近づけていったと説明しています。
「AIでイラストを生成した」という一言だけでは、かなり実態が抜け落ちてしまう工程です。
ブランドガイドラインをAIに組み込む発想
The Working Assemblyは、このAIシステムを従来のブランドガイドラインの延長として捉えています。
ブランドデザインでは通常、ロゴ、色、書体、写真、イラストなどについてルールを決めます。
ブランドを作ったデザイナーがすべての広告やSNS投稿を制作しなくても、そのルールに従えば一定の世界観を維持できるようにするためです。
Untoldでは、その「ブランド表現のルール」をAIシステムへ組み込んでいます。
つまり、
「ブランドガイドラインを読んで人間が新しいビジュアルを作る」
「ブランドのルールを理解したシステムが、状況に応じて新しいビジュアルを作る」
こういった形へ拡張したとも考えられます。
ここまでくると、単純な画像生成とはかなり性格が違います。
ユーザーによってブランドの絵が変わる
AIを使った理由もここにつながります。
Untoldでは、ユーザーが話した感情や経験をもとに、アプリ内のビジュアルが変化します。
誰にでも同じ数十枚のイラストを順番に表示するのではなく、その人が話した内容に応じてブランドの視覚表現自体が変化する設計です。
The Working Assemblyは、「安く大量のイラストを作るためではなかった」と説明しています。
ここは生成AIをクリエイティブへ使うときの線引きを考える材料になりそうです。
完成品をAIへ置き換えるのか。
AIだから成立する仕組みそのものを作るのか。
同じ「AIイラスト」でも意味はかなり変わります。
それでも議論がなくなるわけではない
もちろん、この方法ならAI利用に関する問題がすべて解決するわけではありません。
Creative Boomの記事でも、人間の声や感情のようなものを機械が視覚化することへの違和感や、人間による創作とAIによる生成の境界について触れられています。
The Working Assembly自身も、その緊張関係があることは認識しています。
一方で、今回の制作方法を見ると「イラストレーターに依頼すると高いからAIにした」という単純な話でもありません。
人間が最初の視覚言語を設計し、そのルールをシステムへ組み込み、生成結果を人間が見ながら調整する。
クリエイターの役割が消えるというより、作る対象が少し変わっています。
デザイナーは「完成品」ではなく「生成ルール」を作るようになる?
今回の事例で特に気になるのは、この部分です。
The Working Assemblyは今後、デザイナーの役割が「すべての完成物を自分で作る」ことから、入力を設計し、パラメータを決め、生成物を選び、修正し、良し悪しを判断する方向へ動いていく可能性を指摘しています。
これはFigmaが9月1日に発表したGenerative pluginsの方向ともどこか似ています。
完成したデザインをAIに作らせるだけではなく、クリエイター自身が「何を、どんなルールで作らせるか」を設計する方向です。
AI時代のデザイナー像を語ると、「AIを使う側になる」といった少し曖昧な話になりがちです。
Untoldの事例は、その中身をかなり具体的に見せています。
1枚のイラストを作る代わりに、100枚でも1,000枚でも同じ思想から展開できる仕組みを作る。
すべての仕事がこの方向へ進むわけではありませんが、ブランドデザインやデジタルプロダクトでは、今後こうした依頼が増えても不思議ではなさそうです。