Denis Kitchen

同人・ZINE

漫画をリソグラフで200部だけ復刻する理由 Denis Kitchenの60年分の作品を3冊のZINE型コミックへ

昔描いた漫画をまとめて本にするなら、年代順に並べて一冊の作品集へする。そんな方法がまず思い浮かびますが、約60年分の作品をあえて3つのテーマへ分解し、リソグラフで各200部だけ刷るプロジェクトが進んでいます。

米国の漫画家・出版人Denis Kitchenの作品をまとめた「Hippie Komix」「Square Comix」「Working Stiff Comics」の3冊です。

漫画家J.T. Yostが企画し、Kickstarterの公式プロジェクトページで支援を募っています。1960年代から現在まで、新聞やアンソロジーなどへ散在していた漫画やドローイングを掘り起こし、リソグラフ印刷のコミックとして再編集します。キャンペーンは2026年9月27日までです。

作品を年代順ではなく「3つのDenis Kitchen」に分ける

今回作られるのは、60年分の作品を一冊へ詰め込んだ大判の回顧作品集ではありません。

3冊に分かれています。

  • 「Hippie Komix」
    • Kitchenのカウンターカルチャーやサイケデリックな側面。
  • 「Square Comix」
    • 反体制的な創作と保守的な社会との衝突。
  • 「Working Stiff Comics」
    • 労働や企業、日々の仕事を風刺した作品を中心にまとめます。

つまり分類基準は「1960年代」「1970年代」といった制作年代ではありません。

同じ作家が長期間に描いてきた作品を、現在の編集者がテーマから読み直しています。

過去作品をまとめるときに迷うのが、作品をどう並べるかです

制作順なら作風の変化は追いやすいものの、必ずしも一冊として面白い順番になるとは限りません。キャラクター別、テーマ別、技法別、色別など、別の軸を作れば過去作品同士に新しい関係が生まれます。

今回の3冊は、作品集を「記録」としてだけでなく、もう一度編集できる素材として扱っています。

そもそもDenis Kitchenは「出版社の人」として知られている

Denis Kitchenは1960年代後半から自身の漫画を描き、自己出版してきた漫画家です。

一方で、本人の漫画以上に有名になったのが出版活動でした。

Kitchen Sink Pressを設立し、Robert Crumb、Art Spiegelman、Trina Robbins、S. Clay Wilson、Justin Green、Howard Cruseらアンダーグラウンド・コミックスの作家を扱います。その後もWill Eisner、Harvey Kurtzman、Charles Burnsらの作品を出版し、米国のインディーコミック史に大きな足跡を残しました。

さらに1980年代、コミックショップや出版社がわいせつ表現を理由に摘発・訴追される問題が起きると、Comic Book Legal Defense Fundの設立にも関わります。

出版、作家支援、表現の自由を守る活動が大きくなった結果、本人が長年描いていた漫画は、さまざまな新聞やアンソロジーへ分散したままになりました。

今回の企画は、その状態から漫画家としてのKitchenをもう一度拾い直すものです。

倉庫ではなく「本人の手元」から作品を探した

J.T. Yostが今回の3冊を作るきっかけになったのは、既刊本を集めてスキャンしたことではありません。

Denis Kitchenと妻Staceyのもとに保管されていた古い漫画やドローイングを直接調査しました。そこから1960年代以降の作品を選び、3つの冊子へ組み直しています。

ここは、自分の作品をまとめたい個人作家にも参考になる部分です

過去作品というと、SNSへ公開した完成イラストや刊行済みの同人誌だけを思い浮かべがちです。

でも、

  • 昔のスケッチブック
  • コピー本
  • ペーパー
  • イベントで配ったカード
  • ボツになった漫画
  • 仕事で使わなかったラフ

まで戻ってみると、現在から見れば面白いものが残っているかもしれません。

制作当時に「作品集へ入れるほどではない」と判断したものが、10年後にはその時代の作風を伝える重要な一枚になることもあります。

作品を作った本人と、あとから編集する人では価値の見つけ方も変わります。

なぜ普通のオフセット印刷ではなくリソグラフなのか

3冊はリソグラフで印刷されます。

リソグラフは理想科学工業が開発したデジタル孔版印刷機です。マスターと呼ばれる版を作り、インクを紙へ転写する仕組みで、一色ずつ刷り重ねて多色表現を作ります。

一般的なフルカラー印刷とは違い、色ごとに版を分けて刷るため、わずかな版ズレが生じることがあります。インクの乗り方にも独特の質感があり、その均一ではない見え方を利用してZINE、ポスター、アートプリントなどを作るクリエイターも増えました。

J.T. Yost自身も、Birdcage Bottom Booksというインディーコミック出版社・ディストリビューターを15年間運営する中でリソグラフを使ってきた人物です。

今回の印刷方式は、単に流行しているから選んだわけではなさそうです。

1960年代のアンダーグラウンド・コミックスには、商業出版から離れ、自分たちで描き、自分たちで出版・流通させてきた歴史があります。

それを高級紙へ高精細に復刻するのではなく、インクの質感や版ズレが見えるリソグラフへ戻す。

昔の印刷をそのまま再現しているわけではありませんが、作品が持っているDIYの感覚と現在の自主出版文化を印刷方法でつないでいます。

リソグラフの「版ズレ」を直さないという選択

一般的な印刷では、色がずれれば印刷不良と判断される場合があります。

リソグラフでは少し事情が違います。

色を一色ずつ刷るため、紙の送り方などによって版同士がわずかにずれることがあります。そのため、輪郭から色がはみ出したり、二色の境界に隙間ができたりします。

その揺らぎまで含めて作品として扱われることが多い印刷です。

デジタル制作では、位置を0.1mm単位で揃えることもできます。

だからこそ、印刷すると完全には同じにならないリソグラフへ惹かれる作家がいるのもわかります。

100部刷れば、100部すべてが機械的に完全一致するとは限りません。

印刷上の制約だったものを、完成物の個体差として楽しむわけです。

各200部という部数も作品の性格を作っている

Kitchen Sink Books 

「Hippie Komix」「Square Comix」「Working Stiff Comics」は、それぞれ200部限定で制作される予定です。

60年分の作品を後世へ残すなら、数千部を印刷して一般流通させる方法も考えられます。

今回の企画はそうしていません。

リソグラフで少部数を刷り、Kickstarterで欲しい人を集める。大規模出版というより、現在のZINEや自主制作コミックに近い流通方法を取っています。

作品の価値を「何部売れるか」だけで決めなければ、出版できる企画は増えます。

300人しか欲しがらない本なら300部作る。100人なら100部にする。

大量流通を前提とする商業出版では成立しにくいテーマでも、制作数と購入者の規模を近づければ本にできる場合があります。

Kickstarterは「制作費を集める場所」だけではない

今回のキャンペーンは目標4,000ドルで開始され、すでに目標額を突破しています。

クラウドファンディングというと、制作費がない人がお金を集める仕組みとして捉えられがちです。

自主出版では、もうひとつ大きな役割があります。

刷る前に需要を確認できることです。

500部刷ってから販売を始めるのではなく、先に「この本が欲しい人」を集める。支援者数を見ながら制作部数や仕様を判断できます。

海外発送が絡むため単純ではありませんが、仕組みだけを見ると予約販売にも近いところがあります。

印刷費を回収できるかわからないから作らない、ではなく、作る前に買う人を探す。

少部数出版では、この順序の違いが大きく効きます。

「全部入り」にしないから3冊とも性格が出る

個人作家が作品集を作るとき、「せっかくだから全部入れたい」と考えがちです。

10年間活動してきたなら、10年間の代表作を全部載せる。それも正しい方法です。

ただ、作品数が増えるほど一冊の性格は薄くなる場合があります。

今回のDenis Kitchenの3冊は逆です。

ヒッピー文化に関する作品だけを読みたい人、仕事や企業風刺を読みたい人では、興味の入口が違います。そこで全部を一冊へまとめず、テーマごとに分けました。

これはZINEにも使いやすい編集方法です

「2026年に描いた絵」という分類ではなく、「夜の絵だけ」「食べ物を描いた絵だけ」「赤を使った作品だけ」「仕事中に描いた落書きだけ」とテーマを狭める。

作品数が足りないと思っていた人でも、切り口を変えると一冊になることがあります。

過去作品は、もう一度「編集」できる

今回の3冊で面白いのは、新作漫画を作ることだけが新しい出版ではないとわかるところです。

Denis Kitchenの漫画自体は、何十年も前から存在しています。

新しいのは、その作品同士の組み合わせです。

散らばっていた作品を探し、選び直し、テーマを与え、リソグラフという現在の自主出版文化と相性のいい方法で刷る。それによって、昔の漫画が別の読者へ届く本へ変わります。

SNSへ何年も作品を投稿してきたイラストレーターや漫画家なら、すでに一冊分の素材を持っている可能性があります。

新しい作品を30枚描いてからZINEを作らなくてもいい。昔描いたものを現在の自分が選び直すだけでも、編集にはなります。

今回のプロジェクトは1960年代から現在までという極端に長い期間を扱っていますが、考え方は個人制作でも同じです。

作品を作り直さなくても、作品の見せ方は作り直せる。

「DENIS KITCHEN: Three Comics Collections」のKickstarterは2026年9月27日まで。60年近くにわたって散らばっていた漫画を、現在のリソグラフと少部数出版でどうまとめ直すのか。完成した3冊そのものと同じくらい、その編集方法が気になるプロジェクトです。

プロジェクトページへ

関連リンク

Kickstarter|DENIS KITCHEN: Three Comics Collections
Graphic Policy|Crowdfunding Corner: DENIS KITCHEN: Three Comics Collections
Boing Boing|Denis Kitchen's comics get three risograph collections
Denis Kitchen公式サイト

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