鈴木杏

同人・ZINE

150冊すべて表紙が違うZINE『祝福』|「限定版」を印刷ではなく原画で作る

俳優・アーティストの鈴木杏さんが主宰する創作コミュニティ「シェアアトリエぷくぷく」から、ZINE『祝福-Shukupuku-』が10月23日に発売されました。128ページの誌面には鈴木さんとメンバー30名による絵、文章、詩、手芸などを収録。なかでも目を引くのが、鈴木さん自身が150冊すべての表紙へ1枚ずつ原画を描いた特装版です。

通常版と本文は同じ。それでも3,850円の通常版に対して、特装版は11,000円です。印刷物に豪華な加工を追加するのではなく、「150冊のうち、自分の1冊だけに存在する絵」を付加価値にしています。ZINEや同人誌で限定版を作るときにも、考え方そのものが面白い事例です。

特装版150冊は「同じ表紙を150枚印刷」していない

『祝福-Shukupuku-』はA5縦変形・128ページ。鈴木さんの新作アートや書き下ろしエッセイに加え、「シェアアトリエぷくぷく」に参加する30名の作品を掲載しています。読者が書き込んだり遊んだりできる、塗り絵や絵本などの参加型ページも含まれます。

通常版と特装版の違いは表紙です。

通常版特装版
価格3,850円11,000円
本文共通共通
表紙通常仕様鈴木杏さんによる原画
部数通常販売150冊限定
同じ表紙ありなし

特装版では、完成したイラストを150部へ複製しているわけではありません。鈴木さんが1冊ずつ表紙へ描いているため、150冊すべてが異なります。

限定版というと、箔押し、特殊紙、別カバー、スリーブケースなど、通常版へ加工を足す方法がまず思い浮かびます。『祝福』は「加工の豪華さ」ではなく、複製できないものを印刷物へ組み合わせることで限定性を作っています。

印刷物なのに「エディション作品」に近づく

本は通常、同じ内容・同じ仕様のものを複数部作るメディアです。一方、絵画の原画は基本的に一点しかありません。

『祝福』の特装版は、その中間にあります。本としては同じものが150冊存在するものの、表紙だけは一点ものです。

美術作品では、同じ版から刷った作品を限定数だけ制作し、番号を振って販売する「エディション」という考え方があります。

エディションとは、版画や写真など複製可能な作品について、制作する数量を限定して管理する方法です。「1/50」のように総数と個体番号を記すケースがあります。

『祝福』は版画のエディションとは仕組みが違いますが、「同じシリーズの一部でありながら、一冊ずつ個体差がある」という感覚は近いものがあります。ZINEを情報媒体としてだけでなく、所有する物そのものとして設計しているわけです。

価格差7,150円を「ページ数」で説明しなくていい

通常版3,850円、特装版11,000円なので、差額は7,150円です。本文は同じため、「7,150円分コンテンツが増える」わけではありません。この価格設計は、デジタルコンテンツや同人誌の値付けを考えるときにも示唆があります。

価格差を作るために、

  • 特典ページを増やす
  • おまけ漫画を追加する
  • グッズを大量に付ける
  • 制作物を増やす

必要はありません。

『祝福』では、差額の理由が「一冊だけの原画表紙」という一点に集約されています。作家側の作業量は大きいものの、購入者から見れば説明は非常に簡単です。

通常版は本を買う。特装版は、本と原画を同時に買う。価格差に対して何が増えるのかが直感的にわかります。

「全員違う」は、限定数そのものにも意味を持たせる

限定150部と書くだけでも希少性は生まれます。ただ、150冊すべて同じ商品なら、151冊目を作ろうと思えば技術上は作れます。「150部限定」というルールを発行者側が設定している状態です。

一冊ずつ原画を描く『祝福』の場合は少し事情が変わります。151冊目を増やすなら、新たにもう1枚描かなければなりません。限定数と作業量が直接結び付いています。

印刷部数を減らして希少価値を演出するだけではなく、制作方法そのものが数量の上限を作っているため、150冊という数字にも説得力があります。

同人誌なら、初版50冊だけ手描きサインやワンポイントを入れる、イベント頒布分だけ異なるスタンプを押すなど、規模を落として似た考え方を使えます。

すべてを一点ものにする必要はありません。「複製物の中へ、どこまで人の手を戻すか」で商品の性格は変わります。

紙選びまで本人が参加した「本を作る過程」も公開

制作には、デザイナーのウチダゴウさん、編集の角田貴広さん、写真家の古厩志帆さん、藤原印刷が参加しています。鈴木さん自身も企画の打ち合わせから撮影、紙選びまで制作工程に加わりました。公開されている写真には、藤原印刷で紙見本を確認したり、デザイン案を選んだりする様子まで残されています。

完成した本だけでなく、「どのように本になっていったか」まで見せている点もZINEらしいところです。

商業出版では著者と装丁・印刷工程の距離が離れるケースもありますが、自主出版では紙、判型、綴じ方、印刷方法まで作品の一部として選べます。藤原印刷は今回、「クラフトプレス」という本づくりの文脈で制作に参加しています。大量生産だけを前提にせず、作り手と印刷会社が仕様を相談しながら一冊の形を作っていくアプローチです。

30人の作品を載せるだけでなく、読者まで制作へ入れる

『祝福』は鈴木さん個人の作品集だけではありません。「シェアアトリエぷくぷく」に参加する30名による絵、詩、文章、手芸などを一冊へまとめています。さらに塗り絵や絵本など、読者自身が手を加えて完成させるページも収録されました。

作り手が複数いる「合同誌」は同人文化でも馴染みのある形式ですが、このZINEでは参加者の範囲を購入者まで広げています。読むだけで完成する本ではなく、書き込む、塗る、遊ぶことで本の状態が変わる。150冊の特装版が表紙の段階ですでに異なるうえ、通常版を含めて購入後にも個体差が生まれる設計です。

完成品を厳密に固定するより、持ち主の手が入る余白を残すことを価値にしているとも言えます。

SNSでは作りにくい「一緒に一冊へ入る」という体験

創作コミュニティでは、オンライン上に作品を投稿すれば、メンバー同士で見せ合うことはできます。それでも30人の作品を一冊へまとめる意味は残ります。

Web上では、それぞれの作品は別々の投稿です。ZINEになると、ページ順、サイズ、紙、余白を通して一つのまとまりになります。自分の作品の前後に、別のメンバーの作品がある。同じ紙へ印刷される。同じ本を全員が持つ。その状態自体が共同制作の成果になります。

個人がSNSで発信しやすくなった現在でも合同誌やZINEがなくならない理由のひとつは、複数人の活動を「同じ物体」にできることなのかもしれません。

特装版を作るなら「豪華にする」以外の方法もある

ZINEや同人誌の特装版を考えると、どうしても加工を増やす方向へ進みがちです。

  • 箔を追加する
  • 特殊紙へ変える
  • ケースを付ける
  • ノベルティを増やす

もちろん、それが作品に合う場合もあります。『祝福』から参考にできるのは、特装版の価値を印刷会社のオプション数だけで考えなくてもいいという点です。

  • 作家自身が一筆だけ加える
  • 番号を書く
  • 購入者ごとに色を変える
  • スタンプの組み合わせを変える
  • 封入物をランダムにする

量産工程の最後へ人の手を少し戻すだけでも、「この一冊」という感覚を作れます。

150冊すべてに原画を描く方法は誰にでも再現できるものではありません。それでも、複製を前提とした本へ、複製できない要素をどこに入れるかという考え方は、もっと小規模な自主制作にも応用できます。

『祝福-Shukupuku-』は、本の中身だけでなく「150冊をどう違う物体にするか」まで含めて編集されたZINEです。紙で本を作る理由を考えるなら、加工の豪華さだけではなく、一冊ごとの差までデザインできる。自主出版だからこそ試せる方法として、面白い一冊です。

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