Helen Ahpornsiri

デザイン・トレンド

絵具を使わず、押し花だけで動物を描く|Helen Ahpornsiriに見る「素材そのものを画風にする」発想

ハリネズミの針に見えるのは、シダの細い葉。
ウサギの毛並みに見えるのは、銀色がかった葉や小さな花。
蝶の羽や昆虫の模様も、絵具や色鉛筆で描かれているわけではありません。

英国イースト・サセックスを拠点に活動するイラストレーター、Helen Ahpornsiri氏は、押し花や葉、茎、シダ、海藻などを組み合わせて動物や自然の風景を描いています。

「植物を使ったコラージュ」と言えばそれまでですが、作品を細部まで見ると、単に花や葉を動物の輪郭へ並べているわけではないことが分かります。

細いシダを毛や針として使い、葉脈を羽の構造として見せ、花弁の形を斑点や鱗へ置き換える。
植物そのものが持っている形や色を読み替えながら、一匹の動物へ組み立てています。

この作品から見えてくるのは、珍しいアナログ技法だけではありません。
「何を描くか」より先に「何で描くか」を決めることで、画風そのものを作る方法です。

植物を「素材」ではなく「線・色・形」として見る

Ahpornsiri氏の作品では、植物を画面へ貼ること自体が目的ではありません。

たとえばハリネズミなら、細く尖ったシダの形がそのまま針になります。ウサギでは、表面に細かな毛を持つ葉を選ぶことで、柔らかな毛並みを作っています。

植物が持つ特徴と、描こうとしている動物の特徴を対応させているわけです。

植物の特徴作品内での見え方
細いシダ毛、針、羽毛
葉脈羽、骨格、筋
花弁模様、斑点、鱗
細い茎輪郭線、脚、触角
銀色の葉柔らかな毛
海藻ヒレ、水中の動き

この変換が上手いからこそ、遠目では動物として成立し、近づくと植物としても見えます。

どちらか一方へ完全に変換しないところが、この作品の面白いところです。

https://flowerpressed.com/products/original-pressed-plant-artwork-winter-hare

「描きたい形を作る」のではなく、「使える形を探す」

デジタルイラストでは、必要に応じて色を変えたり、形を細くしたり、線を曲げたり、左右を反転したりできます。

描きたいものに合わせて素材側を調整できます

押し花では事情が逆です。植物には最初から形があり、押した後の色や葉脈の位置、サイズも決まっています。

そこで必要になるのが、「この植物をどう加工すれば描きたい形になるか」ではなく、「今ある植物の中に、描きたい形として使えるものはないか」と探す視点です。

この制約が、作品の個性を作っています

自由度が低いから表現が狭くなるのではなく、自由度が低いからこそ、デジタルで自由に描く場合とは違う判断が生まれます。

制約がそのまま画風になる

独自の画風を作ろうとすると、線の太さや配色、ブラシ、人物の描き方から考えがちです。

Ahpornsiri氏の場合は、もっと根本のルールがあります。

植物しか使わない。この条件を決めた時点で、使える色、線、質感、形の幅まで自然に制限されます。

その結果、完成した作品には強い統一感が生まれます。

画風を作る方法として考えると、これはとても分かりやすい例です

「もっと個性的な絵にしよう」と完成形だけを変えるのではなく、制作条件そのものを変えることで、結果として見た目が変わる。

たとえば次のような制約でも、似た考え方が使えます。

  • 一種類の紙だけで作る
  • 糸だけで描く
  • 同じ太さの線だけを使う
  • 拾った素材だけで構成する
  • 一種類の筆だけを使う
  • 使える色を3色に限定する

制約は不自由さである一方、表現の方向を決めるルールにもなります。

植物を隠さないから、二重の見え方が生まれる

Ahpornsiri氏の作品で面白いのは、植物であることを消していない点です。

写実的な動物だけを作るなら、葉を細かく刻み、植物らしい形を目立たなくする方法もあります

しかし彼女の作品では、葉は葉のまま、シダはシダのまま残っています。

遠くから見れば動物。近づけば植物。この二重性によって、単なる「植物で再現した動物」ではなく、植物と動物が同じ自然の中に存在している感覚まで画面に残ります。

本人も、一般には雑草として扱われるような身近な野草を好んで使い、見過ごされがちな植物へ新しい役割を与えることに関心を持っていると説明しています。

使う植物は、作品のテーマともつながっている

素材選びは見た目だけで決められていません。

絵本『Beneath the Waves』では、海の生き物を描くために海藻や沿岸植物が使われています。

つまり「植物だけで動物を作る」というルールの中でも、描く対象と素材の生息環境を対応させています。

素材とテーマの関係

描くもの主に使う素材
森や草原の動物シダ、葉、野草、花
海の生き物海藻、沿岸植物
冬の動物銀色・白系の葉、乾燥した植物
昆虫花弁、細い茎、小さな葉

「何でも植物で作れる」という技術自慢にせず、素材そのものが作品世界の一部になるよう設計されています。

大半の植物は自宅の庭で育てている

植物を大量に使う制作方法では、素材の集め方も作品の一部になります。

Ahpornsiri氏は、使用する植物の多くを自宅の庭で育てています。

野生植物を採取する場合も、豊富に生えている種類から少量だけを採り、英国植物学会BSBIのガイドラインを参考にしています。

海藻についても、生えているものを根元から取るのではなく、海岸へ流れ着いた断片などを使っています。

作品が自然をテーマにしているから、後から環境配慮を加えているわけではありません。

素材をどう集めるかまで含めて、作品の制作ルールになっています。

この一貫性も、作家性を強くしている要因です。

押してみるまで、完成形は分からない

押し花は、生えている状態と乾燥した後で見え方が変わります。

立体だった花は平らになり、色は少しくすみ、葉脈が目立つようになります。植物によっては数週間かけて乾燥させてから、初めて制作素材として使える状態になります。

そのため、採取した時点で「これはウサギに使う」と決め切れるわけではありません。

押した後の状態を見て、別の使い道を思いつくこともあるそうです

この偶然性は、デジタル制作とは大きく違います。

設定した数値通りに結果を再現するのではなく、素材の変化を見ながら次の判断をする。

思い通りにならない部分を残しているからこそ、機械的な均一さから離れた表現になります。

デジタルで自由に作れる時代ほど、「素材の制約」が目立つ

現在の制作環境では、形を整えること自体は難しくありません。

ベクターデータなら輪郭を自在に修正でき、画像編集ソフトなら色も形も後から調整できます。生成系ツールを使えば、条件を指定して多数の候補を出すこともできます。

そうした環境の中で、Ahpornsiri氏の制作方法は逆方向です。

使える色も、形も、質感も、植物が持っているものだけ。「思い通りに作れること」ではなく、思い通りにならないものをどう使うかが作品の中心になります。

ここが、アナログ表現が現在でも強い理由のひとつでしょう

アナログだから価値があるのではなく、制作工程そのものが完成画面へ残るから、作品を見ただけで作り方まで想像できます。

「どうやって作ったの?」が、そのまま強い入口になる

独自性のある制作方法には、作品以外にも利点があります。

説明が短くて済むことです。

押し花だけで動物を描くイラストレーター

これだけで、作品を一度見てみたくなります。

ポートフォリオやSNSでは、この「わかりやすさ」が強い武器になります

作品を見た人が「どうやって作っているのだろう」と思えば、制作動画やメイキングにも興味が広がります。

公式ポートフォリオには、シダを使って蝶を組み立てていくタイムラプスも公開されています。

完成作品だけでなく、制作工程そのものがコンテンツになる作風です。

一つの技法から、絵本・商品・ライセンスへ広がった

Ahpornsiri氏の活動は、一点ものの原画販売だけではありません。

2018年には押し花のみで四季の自然を描いた絵本『A Year in the Wild』を出版。米国では『Drawn from Nature』として刊行されました。

その後の『Beneath the Waves』では、海藻や沿岸植物を使って海洋生物を描いています。

所属エージェンシーJehane Ltdによれば、『A Year in the Wild』は15言語へ翻訳されています。また、Museums & Galleries、Anthropologie、Godiva Japanなどとの仕事にもつながっています。

活動の広がりを整理すると、次のようになります。

展開先内容
原画押し花作品そのものを販売
絵本作品世界を一冊に展開
プリント原画を複製して販売
カード・文具ビジュアルを商品へ展開
ホームウェアパターンやモチーフとして利用
ライセンスブランドやメーカーへ作品を提供

独自の技法が確立されると、その技法自体が仕事の入口になります。

「この人に何を依頼すれば、どんなものが出てくるか」がわかりやすいからです。

アナログで作り、デジタルで広げる

原画は植物そのものなので、一点しか存在しません。

しかし、作品をスキャンまたは撮影すれば、絵本やカード、商品、Webなどへ展開できます。

アナログ作品を仕事にするうえで重要な考え方です

制作方法がアナログだからといって、流通まで一点ものに限定する必要はありません。

一枚の原画を起点にして、

  • 原画販売
  • プリント
  • 出版
  • 商品化
  • ライセンス
  • Webコンテンツ

へ広げられます。

手仕事の価値を残しながら、複製可能なビジュアルとして収益の幅を作る。

Ahpornsiri氏の活動を見ると、その組み合わせがよく分かります。

自然素材だから、完成後も変化する

公式ショップでは、押し花作品を直射日光や強い照明、暖房、湿気から守るよう案内しています。

UV保護ニスを使っていても、植物の色は時間とともに少しずつ変化します。

デジタルデータなら、指定したRGB値はそのまま保存できます。押し花はそうではありません。

ただし、この不安定さも素材の特徴です。

制作した瞬間の状態を永遠に固定するのではなく、時間とともに少し変化する作品として扱う。

保存方法まで含めて、一般的なイラストとは違う設計が必要になります。

画風は「描き方」だけで決まらない

イラストレーターの個性というと、絵柄や線、配色に注目しがちです。

Helen Ahpornsiri氏の作品を見ると、作風はもっと広い範囲から生まれることが分かります。

  • 何を素材に使うか
  • 素材をどこから集めるか
  • どこまで加工するか
  • 素材本来の形をどれだけ残すか
  • 何を「使わない」と決めるか

こうした制作条件も、完成した画面を大きく左右します。

独自の絵柄を作ろうとして、完成形だけを変え続けても、どこかで既視感が出ることがあります。

そんなときは、「どう描くか」だけではなく、「何で描くか」「どんなルールで作るか」から変えてみる

押し花だけで動物を描くAhpornsiri氏の仕事は、その発想が一つの作風になり、さらに出版や商品、ライセンスまで広がっていく過程を見せてくれます。

珍しい技法だから面白いのではありません。

素材の選び方から仕事の広げ方まで、一つのルールがすべてにつながっていることが面白い。

クリエイターが自分の表現を考えるときにも、参考になる事例です。

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デザイン制作とWeb運営に携わりながら、クリエイター向けサービスや制作ツールの情報を追っています。

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