画面は見やすい。操作にも迷わない。ユーザーへ聞き取りもした。それでも、一度使っただけで戻ってきてもらえない。
そんなサービスの問題を「もっとUIを改善しよう」で終わらせず、そもそも人がそのサービスを使う日常はどう作られるのかまで広げて考える新刊『選ばれるUX――「日常に溶け込む」体験のつくり方』が、2026年9月19日に発売されました。
UX(ユーザーエクスペリエンス)は、製品やサービスを使う中でユーザーが得る体験全体を指す言葉です。画面の見た目や操作方法だけではなく、サービスを知り、使い始め、利用を続けるところまで含めて考えます。
「画面の外側」までデザインの対象にする


本書が扱っているのは、ボタンをどこへ置けば押してもらえるのか、メニューをどう整理すれば操作しやすいのか、といった画面設計だけではありません。
出版社によれば、テーマになっているのは「見えない仕組み」の設計です。
人の行動を本人の性格や意志だけで考えるのではなく、その行動が起こりやすくなる環境や仕組みまで見る。本書では、これを「行動が変わる地形」という考え方から掘り下げています。
たとえば健康管理アプリを作るとします。
「毎日記録してください」とユーザーへ努力を求めるのか。それとも、普段の生活を送っていれば自然と記録され、必要なときだけ情報を確認できるようにするのか。
同じ目的のサービスでも、ユーザーに要求する行動は変えられます。
著者の平井剛直氏も本書について、うまくいった設計には「自然さ」や「頑張らせない」共通点があったと説明しています。
「ユーザーにどう操作してもらうか」だけでなく、「ユーザーが頑張らなくても行動できる環境をどう作るか」。
UXデザインの対象を画面から一段外側へ広げる考え方です。
GO、Gojek、美団から「使われ続ける理由」を見る
本書では、国内外の実在サービスも事例として扱われています。
出版社が挙げているのは、タクシーアプリ「GO」、インドネシアの「Gojek」、中国の巨大プラットフォーム「美団(Meituan)」などです。
Gojekは、配車からフードデリバリー、決済などまで幅広い機能を提供するインドネシア発のサービスです。単独のアプリ機能を見るだけではなく、人々の生活や街の中でサービスがどう使われるようになったのかという視点から取り上げられています。
美団も同様に、ユーザーが毎回「今日はこのサービスを使おう」と強く意識しなくても、生活の選択肢へ入り込んでいるサービスとして扱われます。
これはWebサービスを作る側には重要な違いです。
新しい機能を追加することと、そのサービスを使う習慣が生まれることは同じではありません。
便利な機能を10個作っても、そのサービスを開く理由が生活の中になければ使われなくなる。一方、機能数が少なくても、特定の場面で自然と手が伸びるサービスなら残る可能性があります。
本書が見るのは、その「自然と使う」状態がどこから生まれるのかです。
UXとUIは同じものではない
UXを調べ始めた人が最初につまずきやすいのが、UIとの違いです。
UI(ユーザーインターフェース)は、ユーザーと製品・サービスの接点を指します。Webサイトならボタン、入力欄、メニュー、文字、アイコンなど、ユーザーが見たり操作したりする部分が代表例です。
UIを改善すれば、操作は快適になります。
しかし、それだけでサービスそのものを使いたくなるとは限りません。
- 予約ボタンが押しやすくても、予約したい店がない
- 入力フォームが使いやすくても、入力するメリットがない
- 画面が美しくても、そのアプリを開く場面が日常にない
こうした問題は、ボタンの形や余白を変更するだけでは解決できません。
『選ばれるUX』が扱うのは、まさにその外側です。
出版社の紹介文でも「UI改善、リサーチを尽くしても、なぜ一度使われて終わるのか?」という問いが掲げられています。
UIデザインを軽視する話ではなく、UIが良いことと、サービスそのものが選ばれることを分けて考えるための本と捉えると位置づけがわかりやすくなります。
「ユーザーのやる気」に頼りすぎていないか
サービスを設計していると、ユーザー側へ要求することが増えていきます。
- アカウントを作ってください。
- プロフィールを入力してください。
- 好みを登録してください。
- 毎日記録してください。
- 通知を確認してください。
- レビューしてください。
一つずつなら大した操作ではありません。
ところがユーザーの日常から見ると、自分たちのサービスだけを使っているわけではありません。
サービスを使うために必要な努力が積み重なるほど、「便利なはずなのに面倒」という状態が生まれます。
著者が示す「頑張らせない」という視点は、個人開発にも相性が良さそうです
大規模サービスなら広告やキャンペーンで一時的にユーザーを戻せても、個人開発のサービスでは同じ予算を使えません。
だからこそ、使い続けてもらうために通知を増やすより、使うことそのものが日常の流れへ自然に入っているかを見る価値があります。
行動経済学・権力論・デザイン思考からUXを見る
本書の前半では、ユーザーの行動を考えるためのレンズとして、行動経済学、権力論、デザイン思考などが扱われています。
行動経済学は、人間がいつでも完全に合理的な判断をするわけではないことを前提に、心理や環境が意思決定へどう影響するかを研究する分野です。
デザイン思考は、ユーザーの抱える問題や体験を観察し、アイデアを考え、試作品を作って検証しながら解決策を探していく考え方です。
少し意外なのが「権力論」まで入っていることです。
サービスを設計すると、設計者は知らないうちにユーザーの行動を誘導します。
- 初期設定をどちらにするか
- おすすめとして何を表示するか
- 退会ボタンをどこへ置くか
- 通知をどの頻度で送るか
設計者が作った環境によって、人が取りやすい行動は変わります。
だから本書では「設計は中立ではない」という問題まで扱います。
使ってもらうための仕組みが、そのままユーザーを縛る仕組みにもなり得る。
継続率を上げるテクニックだけを集める本とは違う部分です。
12の視点と10のステップで設計へ落とし込む
考え方だけで終わらず、後半では実務へ落とし込む方法も扱われています。
Part 3には「設計者が持つべき12の視点」と、「見えない仕組みをつくる10のステップ」が用意されています。
特に重要なのが、最初から完成した仕組みを作ろうとするのではなく、小さく試しながら形にするという考え方です。
UXは、Photoshopで完成データを作って納品するような仕事とは性質が違います。
サービスを公開したあと、人が想定通りに行動するとは限らないからです。
使われ方を観察し、仮説と違えば変更する。
そのため本書の終盤では、仕組みを「完成品」として固定するのではなく、環境の変化から学び続けるものとして扱っています。
Webデザイナーにも関係する「デザイン対象の拡張」
Webデザイナーの仕事は、長い間「画面をデザインする仕事」と捉えられがちでした。
もちろん画面は今も重要です。
ただ、Webサービスやアプリでは、画面だけを見ていても解決できない問題が増えています。
- 会員登録したのに戻ってこない。
- 無料体験だけで終わる。
- 便利な機能なのに使われない。
- ユーザーが特定の操作で離脱する。
こうした問題に対して、色、余白、文字サイズ、ボタン位置だけを変更し続けても限界があります。
本書の最終章には「デザイン対象はこれからも広がっていく」というテーマが置かれています。
グラフィックからUIへ、UIから体験へ、体験からその周囲の仕組みへ。
デザイナーがどこまでを「自分が設計する対象」と考えるのか。その範囲そのものが広がっていることを感じさせる構成です。
『選ばれるUX』はどんな人に向いている?
出版社はUX、CX、新規事業担当者を主な読者として挙げています。
CX(カスタマーエクスペリエンス)は、顧客が企業やブランドと関わる中で得る体験全体を指します。商品を使っている瞬間だけでなく、購入前の情報収集や問い合わせ、購入後のサポートなども含めて考えます。
Creator Deskの読者であれば、特に次のような人と相性が良さそうです。
- Web・UIデザイナーとして画面の先まで考えたい人
- UXデザインを勉強し始めた人
- 個人でWebサービスやアプリを作っている人
- ユーザーは獲得できるのに継続利用されず悩んでいる人
- ユーザーリサーチをしても改善策へ結びつかない人
- デザインと事業設計の境界まで仕事を広げたい人
逆に、Figmaの操作方法やUIパーツの作り方、配色、レイアウトなどを学びたい場合は目的が違います。
これは「きれいなUIを作る本」ではありません。
なぜ人はそのサービスを選び、その後も使い続けるのか。
UIを作った先でその問いにぶつかった人ほど、読む理由がはっきりした本です。
『選ばれるUX――「日常に溶け込む」体験のつくり方』はA5判・272ページ、税込3,080円。
英治出版から2026年9月19日に発売されています。
関連リンク
『選ばれるUX――「日常に溶け込む」体験のつくり方』|英治出版
著者・平井剛直氏による『選ばれるUX』紹介ページ
株式会社ビービットによる刊行発表