鳥の骨格、羽、くちばし、卵、飛び方、生息環境。そこへ漫画、図解、豆知識、手書き文字まで詰め込んだら、普通はかなり騒がしい本になりそうです。
ところがニュージーランドの児童書『Omnibird: An Avian Investigator’s Handbook』は、その情報量の多さを残したまま、読みやすい一冊にまとめています。
2026年9月24日に発表された「PANZ Book Design Awards 2026」では、最高賞となるジェラード・リード賞(Gerard Reid Award for Best Book)を受賞。さらに最優秀児童書賞(Best Children’s Book)と、最優秀タイポグラフィ賞(Best Typography)も獲得しました。
審査員が最高賞を決める際には全員の判断が早い段階で一致し、全作品の中で唯一、審査員から10点満点を得た本だったといいます。
完成した誌面を見るだけでも楽しいのですが、公式サイトには判型、製本、書体、グリッドまで公開されています。
情報量の多いZINE、同人誌、図鑑、解説冊子を作る人にとって、参考にしたい部分が多い本です。
鳥を「見分ける」のではなく「観察する」96ページ

『Omnibird』は、ニュージーランドの作家・イラストレーターGiselle Clarksonによる鳥の観察ガイドです。
一般的な鳥類図鑑のように、種類ごとの写真や名称を並べる構成ではありません。
鳥のくちばし、脚、羽、骨格、卵などを観察し、そこから「この形にはどんな理由があるのか」を考えていく本です。ニワトリ、カモ、スズメ、ムクドリ、カモメなど、身近な鳥を題材にしながら鳥類全体を見るための視点を教えています。
判型は290×250mm、全96ページのハードカバー。児童書としても大きめの判型です。
出版社Gecko Pressによれば、コミック、全面イラスト、ファクトボックス、科学的な図解などを組み合わせて構成されています。
つまり、デザイナー側から見るとなかなか難しい案件です
一つの見開きの中に長めの文章、短い解説、イラスト、漫画、注釈、図解といった性格の違う情報が入ります。
全部を自由に配置すると散らかりやすく、逆に整えすぎると、この本が持っている観察ノートのような楽しさが失われます。
その間をどう取ったかが、今回の受賞で面白いところです。
にぎやかな誌面の裏に「2カラムのグリッド」を敷く

デザインを担当したVida Kellyは、誌面について「内容が非常に多く、にぎやかな本なので、背景に明確なグリッドを持たせることが重要だった」と説明しています。
採用されたのは2カラムのグリッドです。
カラムは、文章や画像を配置するために誌面を縦方向へ分割した領域です。 2カラムならページを基本的に2列へ分け、その見えない基準線を利用して文章や図版の位置を揃えます。
完成したページでは、そのグリッドが強く見えるわけではありません。イラストが飛び出していたり、小さな説明が差し込まれていたり、カラフルなファクトボックスが置かれていたりします。
それでも下には共通の基準があるので、見開きごとに構成が変わっても、本全体では同じリズムが残ります。
これはZINEや同人誌でも使いやすい考え方です
自由なレイアウトを作りたいとき、「グリッドを使わない」のではなく、グリッドを作ったうえで一部を崩す。
最初からすべてを自由配置するより、崩した場所にも意図が出やすくなります。
情報を整理するために、全部同じ見た目にはしない
『Omnibird』では、本文だけでなくカラフルなファクトボックスも使われています。
情報量の多い紙面では、すべてを同じ文字サイズ、同じ背景、同じ組み方で並べると、どこから読めばいいのかわからなくなります。
そこで情報の役割ごとに見た目を変える。
- 本文は本文として読ませる
- 補足情報はボックスへ入れる
- イラストのそばに短い説明を置く
- 漫画的な部分では文章の見せ方も変える
情報を整理するというと、要素を減らすことばかり考えがちですが、もう一つ方法があります。
「違う情報を、違うものとして見せる」ことです。
たとえば同人誌の設定資料集なら、本文、キャラクター情報、作者コメント、制作メモを全部同じフォーマットにする必要はありません。
役割ごとに書体や囲み、背景色などを使い分けたほうが、情報量を減らさなくても読みやすくできます。
本文にはAdelle、イラスト側には手書き文字
本文書体には「Adelle」が11pt、行送り15ptで使われています。
Adelleはセリフ体の書体です。
セリフ体は、欧文文字の線の端にセリフと呼ばれる小さな飾りを持つ書体です。 日本語書体で完全に同じ分類ではありませんが、本文用途では明朝体に近い役割で使われることがあります。
デザイナーはAdelleを選んだ理由として、事実を伝える文章で読みやすく、Giselle Clarksonによる軽快な手書き文字との対比も作りやすかったことを挙げています。
ここが、この本のタイポグラフィで好きなところです。児童書だからといって、全部をかわいい文字にしていません。
科学的な説明を読む部分には安定した本文書体を使い、作者の声やイラストの延長にある部分では手書き文字を使う。
真面目な情報と遊びの部分を、文字の違いでも整理しています。
PANZの審査員も、手書き文字とセリフ体の組み合わせによって「信頼できる情報」と「楽しさ」が両立している点を評価しました。
手書き文字は「飾り」ではなく作者の声になっている

イラスト入りの本で手書き文字を使うとき、単なる装飾として追加する場合があります。
『Omnibird』ではもう少し深く、作者の声を感じさせる要素として使われています。
整った本文の途中に、手書きのコメントや説明が入る。すると、鳥について詳しい人が隣で図を描きながら「ここを見て」と教えてくれているような距離感になります。
情報そのものだけでなく、「誰から教わっているように感じるか」まで文字で作っています。
表紙はスポットグロスとエンボス加工
造本はハードカバーの糸かがり製本で、表紙にはスポットグロスとエンボス加工が使われています。
スポットグロスは、表紙全体ではなく特定部分だけに光沢を加える加工です。エンボスは紙などを押して部分的に盛り上げ、凹凸を作る加工を指します。
画面上では同じ色に見える部分でも、光沢や凹凸が加われば、手に取ったときの印象が変わります。
本のデザインをWeb画像だけで判断しにくい理由でもあります。
イラストの完成度だけでなく、判型、紙、製本、表面加工まで含めて一冊を設計する。
PANZ Book Design Awardsはその「本という物体」のデザインを見る賞なので、今回の評価でも大判ハードカバーという仕様そのものが内容に合っている点が評価されています。
大判にした理由は「豪華に見せるため」だけではない
290×250mmというサイズは、一般的な読み物と比べると大きめです。
大きな判型には印刷費や保管スペースなどのデメリットもあります。それでも『Omnibird』では、サイズがコンテンツに必要です。
鳥の全身イラストを見るページもあれば、細かな解剖図や複数の解説を同時に読むページもあります。誌面を大きくすることで、一つの見開きへ複数の情報を入れても、それぞれに読めるサイズを確保できます。
判型を「A5が好きだから」「B5のほうが同人誌らしいから」と最初に決めるのではなく、載せたい情報から逆算して考える。
当たり前のようですが、本を作り始めると意外と忘れます
情報量が多い本では、レイアウトだけで解決できない問題もあります。
必要なら本そのものを大きくする。これもエディトリアルデザインの選択肢です。
2024年にも同じコンビの『The Observologist』が評価されている

Giselle ClarksonとVida Kellyの組み合わせは今回が初めてではありません。
Clarksonの前作『The Observologist』もGecko Pressから刊行され、2024年のPANZ Book Design AwardsでBest Children’s BookとBest Typographyのファイナリストになっています。
こちらでも、本文には読みやすい書体、周辺にはClarkson自身による手書き文字を使い、科学的な内容とユーモアを共存させていました。
『Omnibird』は公式には続編ではありませんが、Clarkson自身も2冊は相性の良い組み合わせだと説明しています。
同じ作者とデザイナーが一冊で作った表現を、次の本でさらに発展させているのも面白いところです
シリーズものを作るとき、前作と完全に同じフォーマットを繰り返す必要はありません。
「どこがその本らしかったのか」を残しながら、新しい内容に合わせて変えていく方法があります。
「情報量を減らす」だけが読みやすさではない
『Omnibird』を見ていると、情報量の多いデザインについて考えさせられます。
デザインを整理するとき、「情報を減らしましょう」と言われることがあります。
もちろん不要な情報なら減らしたほうがいい。ただ、この本に載っている情報は、鳥を観察する楽しさそのものです。豆知識や細かな図を減らして整然とさせたら、読みやすくなっても本の面白さまで薄くなるかもしれません。
だから情報を減らす代わりに、
- 背景に共通のグリッドを作る
- 本文と補足情報の見せ方を変える
- 読みやすい本文書体を決める
- 手書き文字を役割のある場所だけに使う
- 十分な誌面サイズを確保する
という方法で整理しています。
「情報が多い=悪いデザイン」ではありません。問題になるのは、情報同士の関係が見えなくなることです。
これは本だけでなくWebデザインにも言えます。
たくさん載せたいなら、無理に減らす前に「どうすれば読者が迷わず行き来できるか」を考える余地があります。
子ども向けだからこそ、デザインで手を抜けない

児童書は文字を大きくしてイラストを増やせば成立するわけではありません。
読む順番を誘導しながら、興味を持ったところへ寄り道できる余白も必要です。難しい情報は理解しやすくしなければならない一方で、簡単にしすぎれば内容が薄くなります。
『Omnibird』は、科学的な情報量を保ちながら、ページをめくって好きな場所から読みたくなる本になっています。
それを作っているのはイラストだけではありません。見えないところにある2カラムのグリッド、本文書体、手書き文字との対比、情報ボックス、判型、製本、表紙加工まで含めて一冊の読み方を設計しています。
審査員が唯一の満点を付けたという結果だけ聞くと、「ものすごく美しい装丁なのだろう」と想像します。
でも制作仕様まで見ると、評価されたのは派手な一発のアイデアというより、情報量の多い本を最後まで破綻させない細かな判断の積み重ねだったことがわかります。
ZINEや同人誌で「載せたいものが多すぎてページがまとまらない」となったとき、この本の考え方は参考になりそうです。
削る前に、まず整理する。そのためにグリッドとタイポグラフィを使う。『Omnibird』は、エディトリアルデザインの基本がそのまま面白さにつながった好例でした。
関連リンク
PANZ|2026 PANZ Book Design Awards 受賞発表
PANZ Book Design Awards|Omnibird 受賞ページ
Gecko Press|Omnibird: An Avian Investigator’s Handbook
Gecko Press|Giselle ClarksonへのOmnibirdインタビュー