WALLS TO PRINTS

デザイン・トレンド

エディションプリントとは?壁画を「販売できる作品」に変えるCMYK展から見るイラスト・原画の複製販売

巨大な壁に描いた作品を、壁から切り取ることはできません。では、その作品を「買えるアート」に変えるにはどうすればいいのでしょうか。

2026年9月19日、中目黒のcalif art galleryで「CMYK展 ― WALLS TO PRINTS ―」が始まりました。JAPAN WALLSにゆかりのあるアーティストの壁画や原画を、シルクスクリーンやジークレープリントで紙の作品へ再構築し、展示・販売する企画です。

イラストレーターや同人作家に置き換えてみると、この仕組みは面白いものです。一枚の絵を「原画を売る」「グッズにする」の二択にせず、絵そのものを複数の人へ販売する方法が見えてきます。

「エディションプリント」は単なるコピーではない

WALLS TO PRINTS

今回の展示を理解するうえで最初に知っておきたいのが、エディションプリントです。

エディションプリントとは、作家の管理・承認のもとで制作される、発行数を決めた版画・プリント作品を指します。

「Edition 30」なら30点だけ制作する、といった形で数量を限定し、それぞれに番号を付ける方法がよく使われます。

たとえば「3/30」と記されていれば、30点制作されたエディションのうちの3番という意味です

ポスターを大量に印刷して販売するのとは考え方が違います。

元になる作品は同じでも、制作枚数を管理し、作品として流通させる。原画そのものを所有することはできなくても、そのアーティストの作品を「アート作品として所有する」選択肢を増やせます。

CMYK展では、JAPAN WALLSにゆかりのあるアーティストから提供されたオリジナル作品データをもとに、印刷工房Zigame Printingがプリント作品を制作。会場で受注販売するほか、一部作品はオンラインでも販売予定で、会期中の購入作品にはアーティスト本人の直筆サインが入ります。

オリジナル作品データは、印刷用に使われる元の画像データです。Webで公開されているJPEG画像などをそのまま印刷するのではなく、作品の色や細部を再現できる品質のデータを使って制作します。

壁画をそのまま縮小印刷しているわけではない

今回の企画名にある「WALLS TO PRINTS」は、文字通り壁からプリントへの変換です。

ただし、大きな壁画の画像データをA2やA3へ縮小してプリンターから出せば完成、という話ではありません。

巨大な壁で成立していた線の太さや余白、色面の比率を紙へ持ってくると、見え方が変わります。

数メートル離れて見る壁画と、手元で見るプリントでは鑑賞距離も違います。

CMYK展では、原作の魅力を引き継ぎながら「プリントならではの質感と表現」を持つ作品へ作り直すことが企画の軸になっています。

これはイラストをグッズ化するときにも起きる問題です

スマートフォンの画面いっぱいに表示すると魅力的だったイラストでも、ポストカードへ印刷すると細い線が見えにくくなることがあります。逆に、大判プリントにすると制作画面では気にならなかった細部が目立つこともあります。

媒体が変われば、同じ絵でも最適な見せ方は変わります。

「完成したイラストを印刷する」のではなく、印刷された状態まで含めて作品を仕上げると考えると、プリント販売の設計が変わってきます。

ジークレーとは?イラストの複製販売で使われる印刷方法

CMYK展で使われている方法のひとつが、ジークレープリントです。

ジークレーは、高精細なインクジェット方式を使って美術作品や写真などを出力するプリント手法です。細かな階調や色を表現しやすく、アートプリントや複製作品の制作でも使われています。

家庭用インクジェットプリンターと原理的に近い部分はありますが、「インクジェットで印刷したもの=すべてジークレー」という意味ではありません。

使用するプリンター、インク、紙、色管理、出力品質などを含めて作品制作を行うため、依頼する工房によって仕上がりにも違いが出ます。

特にイラストレーターに向いているのは、版を作らなくても出力できる点です。

数百枚をまとめて作らず、比較的少ない枚数から高品質なプリント作品を作る選択肢になります。

デジタルイラストを描いている人なら、最初から作品データが存在するため相性も良いでしょう。

シルクスクリーンは「刷った跡」そのものが表現になる

もうひとつがシルクスクリーンです。

シルクスクリーンは、細かな網目を持つ版を作り、必要な部分だけインクを通して紙などへ刷る印刷方法です。色ごとに版を用意して重ねていくため、インクの厚みや重なりも作品表現になります。

Tシャツやポスター、アート作品などでよく使われます。

ジークレーが元の絵の階調や色彩を細かく再現する方向と相性がいいのに対し、シルクスクリーンでは「印刷したことで新しく生まれる見え方」も魅力になります。

たとえば4色の版を重ねる場合、位置を完全に合わせることもできますが、わずかなズレを表現として利用することもできます。

蛍光インクや特色など、通常のCMYK印刷では出しにくい色を使う方法もあります。

特色とは、CMYKを重ねて色を作るのではなく、あらかじめ目的の色として調合されたインクを使う方法です。鮮やかな蛍光色や金・銀など、CMYKでは再現しにくい色を使いたい場合にも選ばれます。

同じイラストでも、ジークレーにするかシルクスクリーンにするかで作品の性格は変わります。

ジークレーとシルクスクリーン、どちらを選ぶ?

どちらが上という話ではありません。

細かなグラデーションや描き込みをなるべく保ちたい作品なら、ジークレーを検討しやすいでしょう。

一方、色数を整理したグラフィックや、インクの質感まで作品として見せたい場合にはシルクスクリーンが面白くなります。

写真やデジタルペインティングを高精細に出力したいのか。
数色のグラフィックをインクの物質感ごと見せたいのか。

完成した紙をどう見せたいかから逆算したほうが、印刷方式を選びやすくなります。

制作費にも違いがあります。

シルクスクリーンは色ごとに版を作るため、一般に色数が増えるほど工程も増えます。一方、ジークレーは版を必要としないため、小ロットのプリント作品を作りやすい方式です。

小ロットとは、一度に制作する数量が少ないことです。数枚〜数十枚程度の作品販売など、大量生産を必要としない個人クリエイターの制作でもよく使われる言葉です。

「どちらが安いか」だけではなく、予定枚数、サイズ、紙、色数、作品表現まで含めて印刷所へ相談したほうがいいでしょう。

「複製原画」とは何が違う?

イラストや漫画のグッズ販売では、「複製原画」という名称をよく見かけます。

複製原画には統一されたひとつの印刷方式があるわけではありません。

原画やデジタル作品を高品質に複製した商品を指して使われることが多く、ジークレーなどが採用される場合もあります。

一方、エディションプリントで重視されるのは、作品として発行数を管理する考え方です。

たとえば、「このイラストの高品質な複製を販売する」だけでなく、「この作品は30点だけ制作し、それぞれにエディションナンバーとサインを入れて販売する」ところまで設計する。

エディションナンバーは、限定制作された作品の発行数と個体番号を示す番号です。「8/50」であれば、50点制作されたうちの8番を表します。

同じ画像を印刷していても、商品としての設計が違います。

原画を売ると、その作品は1回しか販売できない

アナログ作品を制作するイラストレーターには、わかりやすい問題があります。

原画は基本的に一点です。

10万円で原画を販売すれば10万円の売上になりますが、その作品そのものを別の人へもう一度売ることはできません。

もちろん一点しか存在しないこと自体が原画の価値です。

ただ、原画を欲しい人が10人いても、購入できるのは1人です。

そこで、

  • 原画
  • 数量限定のエディションプリント
  • ポスター
  • ポストカード
  • 作品集

のように階層を作る方法があります。

原画の希少性を残しながら、同じ作品を好きになった別の人にも購入できる選択肢を用意できます。

デジタルイラストの場合は、そもそも物理的な「原画」がありません。

だからこそ、高品質な紙、印刷方式、サイズ、発行数、サインなどを組み合わせ、物理的な作品としてどう成立させるかを設計する余地があります。

CMYK展の「壁画を紙へ移す」という試みは、この考え方をかなり大きなスケールで見せているとも言えます。

「グッズ」と「作品」の間を作れる

個人イラストレーターの物販は、アクリルスタンド、缶バッジ、ステッカー、クリアファイルなどへ寄りやすい傾向があります。

もちろん、それらが悪いわけではありません。

ただ、絵そのものを気に入ってくれた人に対して、「絵を買う」という選択肢が意外と用意されていないことがあります。

原画は高価。ポストカードでは物足りない。

その間に、額装して飾れる高品質なプリント作品を置けます。

ここでエディション数も商品設計の一部になります

限定10点なら希少性は高くなりますが、購入できる人数は減ります。100点なら多くの人へ届けられますが、限定作品としての性格は弱まります。

何枚なら正解という数字はありません。

作品の価格、ファンの人数、今後再版する可能性まで考え、「この作品を何点存在させるのか」を作家自身が決めます。

壁画を「場所から持ち帰れる作品」に変えたCMYK展

CMYK展の元になったJAPAN WALLSは、日本各地で壁画を制作するストリート&ミューラルアートプロジェクトです。

ミューラルは、建物の外壁など大きな壁面へ描く壁画を指します。街中の建築物そのものをキャンバスとして使うため、一般的なイラストとは制作サイズも鑑賞環境も大きく異なります。

壁画の弱点は、持ち帰れないことです。

現地へ行かなければ見られないことは魅力でもありますが、その作品を気に入った人が自宅に飾ることはできません。

CMYK展では、その場所固有の表現をプリントへ変換しています。

参加するのはBOXER JUNTARO、Fuse、Gravityfree、KAC、LUISE ONO、前田豆コ、MIZPAM、Simo、Shun Nakao、WHOLE9、Yeka Haskiの11組。Zigame Printingが、提供された作品データからプリント作品を制作しています。

Zigame Printingは、シルクスクリーンを中心にアートプリントやアーティストエディションを制作する印刷工房です。

壁画そのものを商品化するのではなく、壁画から別の作品を生み出しているところがポイントです。

イラストレーターなら「一枚描いた後」をもっと設計できる

  • 完成したイラストをSNSへ投稿する
  • ポートフォリオへ載せる
  • 依頼仕事なら納品する

そこで一枚の絵の役割が終わるケースは多いでしょう。

けれど、自主制作ならその先があります。

  • 紙を変える
  • サイズを変える
  • シルクスクリーンで色を分解する
  • ジークレーで細部まで出力する
  • エディションを設定する
  • サインを入れる
  • 額装する

同じ絵でも、どこまで設計するかによって「画像」「グッズ」「作品」の見え方は変わります。

特にデジタルで絵を作る人ほど、一度は紙へ出してみると面白いはずです。

モニター上では発光していた白は紙そのものの白になり、RGBで鮮やかだった色は印刷方式によって見え方が変わります。

RGBは赤・緑・青の光を組み合わせて色を表現する方式で、モニターやスマートフォンなどで使われます。CMYKはシアン・マゼンタ・イエロー・ブラックのインクを組み合わせる印刷向けの色表現です。

画面で完成した絵をそのまま紙へ移すだけではなく、紙になったときにもう一度完成させる。

9月28日まで開催される「CMYK展 ― WALLS TO PRINTS ―」は、印刷技法を見る展覧会であると同時に、一つの作品を別の形で販売可能にする方法を見る展覧会としても参考になりそうです。会場では作品の受注販売が行われ、一部作品はオンラインでも販売予定です。

関連リンク

CMYK展 ― WALLS TO PRINTS ―|calif art gallery公式ページ
CMYK展 開催情報|ビーズインターナショナル
CMYK展 ― WALLS TO PRINTS ―|Tokyo Art Beat

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