Martin Venezky Process Work

イベント情報

完成品ではなく「制作途中」を展示する。Martin Venezkyが見せる、デザインは手を動かしてから考える方法

デザイン展へ行くと、普通は完成したポスターや本、ロゴが並んでいます。でも、完成品だけ見ても「どうやってここまでたどり着いたのか」はほとんどわかりません。

サンフランシスコのLetterform Archiveで2026年9月26日に始まった「Martin Venezky: Process Work」は、そこを逆転させた展覧会です。

展示の中心にあるのは、完成したデザインではなく、その途中で生まれた紙のコラージュ、写真、素材の組み合わせなど。1990年から現在までの50点以上を通して、一人のデザイナーが形を探していく過程を見せています。

紙を切って重ね、透明テープで留めるところから始まる

Martin Venezkyは、サンフランシスコを拠点に活動するグラフィックデザイナーです。

1990年代には雑誌『Speak』のデザインで知られるようになり、1997年にはデザインスタジオAppetite Engineersを設立。書籍、雑誌、展覧会、文化施設などの仕事を手がけてきました。

SFMOMAのコレクションにも作品が収蔵されており、複雑なタイポグラフィと、手作業とデジタルを混ぜた制作方法で知られています。

今回展示されている「Process Work」は、その完成品を作る途中で生まれたものです。

  • 紙を切る。
  • 文字や写真を重ねる。
  • 透明テープで留める。
  • 位置を変える。
  • 別の素材を加える。
  • それを撮影したりスキャンしたりして、さらにコンピューター上で色や文字を加えていく。

完成したデザインでは平面的に見えていても、その前段階には厚みのある物体が存在しています。

Letterform ArchiveのJon Suedaは、こうしたコラージュを平面でも立体でもない「2½D」のようなものと表現しています。

完成したJPEGだけ見ていたら、まず気づかない部分です。

最初に完成イメージを描かない

Venezkyの制作方法で興味深いのが、最終形を想定したラフやサムネイルをほとんど描かないことです。

一般的なデザイン制作なら、まずラフを作り、その中から方向性を選び、完成へ近づけていく流れがあります。

Venezkyは逆に、最初から結果を予測しすぎないようにします。

素材や写真、文字、物体を集め、組み合わせながら「何が起こるか」を観察する。その途中で見つかった形から次の判断をします。

ラフを描いてから作るのではなく、作りながらラフを見つけているような感覚に近いのかもしれません。

完成形が頭の中にある人には、そのほうが速い場合もあります

でも「何を作ればいいのかわからない」という段階で白紙を眺め続けているなら、別の方法があります。

とりあえず材料を並べる。紙を切る。写真を置く。文字を印刷して重ねる。位置を変えて撮影する。手を動かした結果を見てから考える。

デザインのスタート地点は、必ずしも頭の中でアイデアを完成させることではありません。

「ブレインストーミング」ではなく素材を集める

Venezkyは公式インタビューで、ブレインストーミングという言葉があまり好きではないと話しています。

代わりに行うのが、素材を集めることです。

写真、印刷物、物体、文字、図版などを集め、互いに交差させながら何が起きるかを見る。本人はこれを「material-storm」と表現しています。

発想するより、観察することを重視する方法です

デザインのアイデア出しでは、つい「何か面白いことを思いつかなければ」と考えてしまいます。

でも、ゼロから面白いアイデアを発明する必要はないのかもしれません。

  • 関係がなさそうな二つを並べたらどう見えるか
  • 形の似ているものを集めたらどうなるか
  • 写真を逆さにしたら文字とどうぶつかるか

素材同士の関係を観察していると、自分では思いつかなかった方向へ進むことがあります。

資料収集も「答えを探すため」とは限らない

Venezkyの過去の制作資料には、古い雑誌やカタログから集めた大量のコピーがあります。

Letterform Archiveが以前紹介した資料では、19世紀の雑誌や古いB2Bカタログなどから抜き出した画像を収めたバインダーが約30冊ありました。

しかも、意図的にきれいに分類していません。

特定のテーマだけを探すと、そのテーマに沿ったものしか見つからなくなるからです。

たとえば工具をテーマにしたデザインだからといって、「工具」というフォルダだけを見る。

これなら効率はいいでしょう。一方で、工具を探していたときに偶然、馬の写真や古い装飾文字が目に入る可能性はなくなります。

Venezkyの制作では、この偶然を残します。

資料整理というと「後で素早く探せる状態」を目指したくなりますが、制作資料に限れば、探しにくさが発見につながる場合もあるわけです。

Pinterestで「完成形」ばかり集めるのとは違う

これは現在のリファレンス集めにも少し関係があります。

ロゴを作るならロゴを検索し、装丁なら装丁を検索し、WebサイトならWebデザインギャラリーを見る。

ただ、完成した同ジャンルのデザインばかりを参考にすると、自分の制作物まで似た範囲へ収まりやすくなります。

Venezkyが集めているのは「完成したグラフィックデザインのお手本」だけではありません。

古い機械の図、装飾、写真、物体、タイポグラフィなど、デザインへ直接使うことを前提としていない資料も素材になります。

装丁を考えているときに、装丁だけを見る必要はない。建築写真でも、植物図鑑でも、古い商品カタログでもいい。

むしろ別の場所から拾ったもののほうが、自分のデザインへ持ち込んだときに面白い変化が起きることがあります。

「コンセプトを決めてから作る」順番も絶対ではない

デザインの説明では、コンセプトが重要だとよく言われます。

もちろん必要な仕事もあります。クライアントの課題があり、ターゲットがあり、伝えるべき内容があるなら、それを無視して好き勝手に作るわけにはいきません。

それでもVenezkyは、すべての制作でコンセプトが最初に来る必要はないと考えています。

先に素材を集めて試し、その結果を観察する。作業を続ける中で、作品の考え方が見えてくることもある。

特に個人制作では、この方法を試しやすいでしょう

ZINEを作りたいけれどテーマが決まらないなら、テーマを決めるまで何も作らないのではなく、最近撮った写真を並べてみる。ノートに残した文章を印刷して切ってみる。好きな紙や文字を集めてページへ置いてみる。

10ページくらい作ったところで、「自分はずっと同じことを扱っていた」と気づくかもしれません。

コンセプトを作って作品にするだけでなく、作品を作りながらコンセプトを発見する順番もあります。

同じ構図を何度も作る理由

今回の展示では、Venezkyが制作した大量の写真実験も扱われています。

一つの完成デザインのために、素材を置き換えたり、角度を変えたり、光を変えたりしながら何度も撮影します。

その数は最終作品から想像するよりずっと多いものです

デザインソフトなら、一つのレイアウトを複製して10パターン作ることは簡単です。

でも、重要なのはパターン数ではありません。違いを見て判断することです。

  • 文字を3mm動かしたらどうなるのか
  • 画像を大きくしたらどう感じるのか
  • 余白を減らしたら何が強く見えるのか

比較することで、最初は気づかなかった細部が見えてきます。

Venezkyは制作を「結果を見る→分析する→判断する」という反復として捉えています。

最初の案を一気に完成させるより、一度形にしてから考える。地味ですが、デザインを詰めるときには強い方法です。

Photoshopで再現できることを、なぜわざわざ手で作るのか

Venezkyの作品を見ると、「これならPhotoshopでも作れそう」と感じるものもあります。

本人もその点には触れています

制作工程は効率的ではありません。素材を保管し、撮影し、編集し、整理し、デザインへ組み込むまで大量の作業があります。

それでも、ショートカットすると結果が変わってしまうと考えています。

ここは、アナログだから優れているという話ではないと思います。

PhotoshopにはPhotoshopでしかできない表現があります。

Venezkyが手作業を選ぶ理由は、完成した見た目だけではなく、作業中に起こる予測できない変化を利用しているからです。

透明な素材を重ねたら光が変わる。紙が少し曲がる。写真を撮る角度によって形が歪む。

最初から数値で指定していたら起こらなかったものが、物理的な作業では勝手に入ってきます。

それを失敗として修正するのではなく、次の材料として使う。だから同じ画像をPhotoshopで似せて作ることはできても、同じ制作過程にはなりません。

制作途中を捨てずに残してみる

今回の展覧会で個人的に一番面白いのは、完成品ではなく「途中のもの」が展示物になっていることです。

仕事が終わると、ラフや失敗案は不要になります。

Illustratorのファイルにも「案1」「案2」「最終」「最終2」のようなアートボードが残り、納品後にはほとんど開きません

でも、その途中には完成品より制作方法がはっきり残っています。

  • 何を試して、何を捨てたのか
  • どこで方向を変えたのか
  • 最初は何を作ろうとしていたのか

後から見ると、自分の癖までわかります。

同じ配置を何度も試しているなら、その構図が好きなのかもしれない。毎回同じところで配色を変えているなら、そこで迷いやすいのかもしれません。

完成した作品だけをポートフォリオとして保存するのとは別に、制作途中を自分の資料として残しておく価値があります。

30年分の「寄り道」が一つの展覧会になった

「Martin Venezky: Process Work」には、1990年から現在までに制作された50点以上が展示されています。

もともとは完成品を作るための途中経過であり、一つひとつを独立した作品として発表するために作ったものではありませんでした。

それが30年以上残り、今度は制作過程を見るための展覧会になっています。

デザインをしていると、早く正解へたどり着くことが上手さのように感じることがあります。

もちろん仕事なら時間も予算もあります。でも、最短距離で完成させることと、面白いものを見つけることは必ずしも同じではありません。

素材を集め、並べ、作ってみて、失敗して、また変える。その途中で偶然見つかったものを拾う。

Venezkyの制作方法を見ていると、デザインの寄り道も捨てたものではないと思えてきます。

完成品だけではなく、そこへたどり着くまでに何をしたのか。

次に制作データを整理するときは、「最終.ai」だけ残す前に、途中のアートボードも少し残しておきたくなります。

関連リンク

Letterform Archive|Martin Venezky: Process Work
Letterform Archive|展示案内
SFMOMA|Martin Venezky
California College of the Arts|Martin Venezky

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