デザイン・トレンド

Monzoの「ホットコーラル」はテスト用だった!?|1600万人超の銀行を作ったデザイン経営

英国のデジタル銀行Monzoと聞いて、鮮やかなオレンジピンクのカードを思い浮かべる人は多いでしょう。
Hot Coral(ホットコーラル)」と呼ばれるこの色は、現在ではMonzoを象徴するブランドカラーです。

ところが、最初から綿密なブランド戦略にもとづいて決められた色ではありません。初期プロトタイプで使うテストカードとして目立たせるために選んだ色でした。

2026年9月に「It’s Nice That」が公開したMonzoのデザイン責任者へのインタビューでは、ホットコーラルのカードは当初、初期プロトタイプで使われたテスト用のものだったと振り返られています。それが人目を引き、一目でMonzoだと分かる特徴として機能したため、ブランドの中心へ残りました。現在のMonzoは1600万人を超える顧客を抱えています。

「ブランドカラーを決めてから商品へ展開した」のではなく、「商品でうまく機能した色をブランド資産へ育てた」。
Monzoの歩みを見ると、ブランドデザインを長く育てるヒントがいくつも見えてきます。

ホットコーラルは急いで決めたカードの色だった

Monzoのカード

Monzo自身が2017年に公開したカード制作の記事にも、色を決めた当時の話が残っています。

創業初期のスタートアップだったMonzoには、カードカラーを時間をかけて検討する余裕がありませんでした。

そこで複数のネオンインクを試し、友人や初期投資家を集めて比較。その中から選ばれたのがホットコーラルです。ピンクとオレンジの中間のような色で、紫外線を当てると発光します。

2026年のIt’s Nice Thatのインタビューでは、さらに直接的に「初期プロトタイプで使うテストだった」と説明されています。

銀行のカードといえば、黒、ネイビー、シルバーなど落ち着いた色が多かった時代です。

その中で蛍光色に近いカードを取り出せば当然目立ちます

財布から出した瞬間に「そのカード何?」と聞かれる。カードそのものが広告になり、サービスを知らない人との会話が始まる。

Monzoはこの性質を見逃しませんでした。

「テストっぽく見せる色」が識別資産へ変わった

ホットコーラルの役割は、Monzoの成長とともに変わっています。

時期ホットコーラルの役割
創業初期プロトタイプ/テストカードを目立たせる色
サービス拡大期街中でMonzoだと識別できるカードカラー
ブランド確立後Monzoを象徴するブランド資産
2022年ブランド刷新ブランド全体の中心色として再定義
現在カード、広告、Web、キャンペーンへ横断展開

ここで面白いのは、途中で「もっと銀行らしい色へ変えよう」としなかったことです。

スタートアップが成長すると、初期の少し荒削りなブランドを整えたくなります。

顧客が増え、企業規模も大きくなれば、「信頼感を出すために落ち着いた色へ」「万人受けするデザインへ」という判断も起こりやすいでしょう。

Monzoは逆に、初期から支持されていた特徴を強めました。

2022年のブランド刷新でも「ホットコーラルをもっと使う」

Monzoは2022年、Ragged Edgeとともにビジュアルブランドを刷新しました。

会社は創業当初より大きくなり、商品、広告、メール、SNSなどブランドが現れる場所も増えていました。既存の色やビジュアルだけでは表現できる範囲に限界が出始めたためです。

普通なら、ここでブランドカラーそのものを変更する選択肢もあります。

Monzoが選んだのは、ホットコーラルを捨てることではなくさらに中心へ置くことでした。

新しいブランドシステムではネイビーやオフホワイト、ピンク、イエローグリーン、ブルーなど色数を増やしながら、ホットコーラルを主役として維持しています。Monzoはこの色を「温かさ」「共感」「人間らしさ」を表すものとして位置づけました。

ここで、最初はテストカードだった色に後からブランドとしての意味が与えられています。

これはブランド制作の順番として興味深いところです

色へ理念を込め、その理念をもとに認知を作ったのではありません。

ユーザーとの接点で強く機能した色が先にあり、成長する過程で「なぜこの色がMonzoらしいのか」を言語化しています。

ブランドは必ずしも最初から完成している必要はない、と考えさせられます。

ブランドカラーでも、UIでは無条件に使わない

ホットコーラルが強いブランド資産になったからといって、Monzoはあらゆる場所を同じ色にしているわけではありません。

2026年にMonzoが公開したWebデザインシステムの記事には、興味深い説明があります。

ホットコーラルはMonzoにとって「soul」と呼べる色ですが、UIでは赤系の色がエラーや警告を意味することが多いため、Web上では使用場所を慎重に選んでいるそうです。

ブランドカラーを守ることと、ブランドカラーをどこにでも使うことは同じではありません。

グラフィック広告なら大面積のコーラルが強い識別になります。一方、アプリの操作画面で同じ使い方をすれば、ユーザーはエラー表示だと受け取るかもしれません。

ブランドの一貫性を「同じ色を大量に使うこと」と考えず、媒体ごとの役割に合わせて使い分けています。

長く運用されるブランドほど、こうしたルールの方が重要になります。

デザイン部門を「制作係」にしない

Monzoの事例でさらに面白いのが、カードの色そのものより、社内でのデザインの扱われ方です。

チーフ・デザイン・オフィサー(最高デザイン責任者)のVuokko Aro氏によると、Monzoではプロダクトデザイン、ブランド、ユーザーリサーチなどをひとつのデザインチームにまとめています。現在は100人を超える規模になっていますが、マーケティングとプロダクトを別世界として扱わず、顧客が触れるもの全体に共通する品質を保つ考え方です。

Aro氏は、デザインを単なる『下請け的な作業部門』にしてはいけないという考えも示しています。

企画や事業側が決めた内容を最後に見栄えよくする部署ではなく、何を作るかを考える段階から参加するパートナーとして扱う。

ホットコーラルが11年以上残っている理由も、色だけを管理しているからではなさそうです

プロダクト、ブランド、ユーザー体験を同じデザイン思想で見ているため、カードだけ派手でアプリは別物、広告だけ別ブランドという分断が起こりにくくなります。

「デザインが効いた」と証明できたから投資を増やせた

デザイナーにとって参考になるのが、デザインへの投資をどう社内で維持してきたかという話です。

Monzoは創業初期からデザインによって他社との差を作ることができました。

Aro氏は、その成功を「差別化要因として示せたため、その後さらにデザインへ投資できた」と説明しています。

デザインが大事だから予算をください、ではありません

  • このカードが認知された
  • このプロダクト設計が支持された
  • この体験が顧客に評価された

成果とデザインを結び付けて社内で示すことで、次の投資につなげています。

企業内でデザインの立場を強くするなら、作品の完成度を語るだけでは足りません。

「このデザインによって事業に何が起きたのか」を蓄積する方が、次の予算や人員を取りやすくなります。

顧客と一緒にブランドを作る

Monzoはユーザーとの距離が近いブランドとしても知られています。

コミュニティフォーラムを運営し、SNS、ユーザーリサーチ、事業者向けイベントなど複数の接点からフィードバックを集めています。

カードカラーを選んだ創業初期にも、友人や初期投資家を交えて色を選んでいました

企業側が完成したブランドをユーザーへ一方的に見せるというより、使われ方や反応を見ながら残すものを決めています。

ホットコーラルも、デザイナーが「この色が正しい」と押し通したから残ったわけではありません。

街中で認識され、カードを持つ人から支持され、Monzoらしさとして定着したから残りました。

ブランドガイドラインも固定された完成品ではなく、クリエイティブディレクターのCoral Garvey氏は「常に変化し、成長し続ける生きた存在」と表現しています。ブランドが成長すればルールも更新する。ただし、何を変えずに残すかは明確にする、という考え方です。

1600万人規模になっても「スタートアップらしさ」を全部消さない

Monzoは2015年の創業から11年で、1600万人を超える顧客を抱える銀行へ成長しました。

2026年度の年次報告書でも、年度末時点で1520万人の顧客、257億ポンドの預金を抱え、調整後税引前利益は1億7260万ポンドまで増えています。79%の顧客が口コミ経由で参加したというデータも掲載されています。

もはやニッチなフィンテックサービスではありません。それでもホットコーラルは残っています。

企業が大きくなったからといって、銀行業界で一般的な青や紺へ寄せる必要はありませんでした。

むしろ知名度が上がるほど、「あのオレンジピンクのカード」という記憶には価値が出ます。

ブランドが成長すると新しいものを足したくなりますが、すでに顧客の頭の中にある記憶を捨てないこともデザインです。

現在は色だけでなく音までブランド資産を拡張

Monzoは2026年、新しいグローバルブランドプラットフォーム「Get busy living」を展開しています。

BBH LondonとMonzoのインハウスチームが制作し、テレビ、映画館、SNS、デジタル広告、OOHなどへ展開。ピカデリー・サーカスの大型スクリーンも使う、同社最大規模の統合キャンペーンになりました。

さらに現在はソニックブランディングにも取り組んでいます。

創業初期にはカードの色がブランドを発見してもらう装置でした。

会社が成長した現在は、色、写真、タイポグラフィ、UI、映像、音まで接点を広げています。

それでも中心にあるホットコーラルは変えない。ブランドを拡張するときに、既存要素を捨てて全面刷新するのではなく、強い核を残したまま周囲の表現手段を増やす方法です。

偶然できたデザインでも、育てればブランド資産になる

Monzoのホットコーラルは、「成功するブランドカラーの決め方」という話には向いていません。

色彩心理を研究して決めた色でも、何か月もブランド戦略会議を重ねて選ばれた色でもないからです。

むしろ参考になるのは、その後です。

  • 目立つ
  • 覚えられる
  • ユーザーが気に入る
  • 他社と見分けられる

そうした反応が確認できた段階で、「最初はテストだったから」と捨てずに残しました。

その後、会社の成長に合わせて色の意味を言語化し、ブランドシステムを整備し、使う場所と使わない場所を決め、広告やプロダクト全体へ広げています。

ブランドづくりでは、最初から完璧な答えを出そうとしがちです。

Monzoを見ると、偶然見つかった強い特徴を見抜き、それを何年も育てることの方が重要な場合もあると分かります。

デザイン経営というと、経営会議にデザイナーを入れることや、デザイン部門へ大きな予算を付けることを想像しやすいです

Monzoの事例はもう少し分かりやすいです。

デザインによって生まれた成功を記録し、その成功を根拠に次のデザインへ投資する。会社が大きくなっても、デザインを最後の装飾工程へ戻さない。

テスト用だった1枚の蛍光色カードが、1600万人を超える銀行の象徴として残っていること自体が、その積み重ねをよく表しています。

-デザイン・トレンド
-,