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デザイン・トレンド

「独創的なアイデア」は過大評価されている?デザイナーの本当の価値は、思いついた後の仕事にある

優れたデザインには、独創的なアイデアが必要だと考えられています。しかし、思いついたアイデアを完成させるまでには、膨大な調整と判断が必要です。

2026年9月19日、英国のデザインメディア『Design Week』に、挑発的なコラムが掲載されました。タイトルは「Originality is overrated. Elaboration is the thing.」。直訳すると「独創性は過大評価されている。重要なのは作り込みだ」という意味です。

広告効果を調査した過去の研究をもとに、デザイン業界が何に価値を認め、何に対価を支払ってきたのかを問い直す内容です。

「アイデアがすごい」と「完成度が高い」は別の話

デザインの仕事では、最初のアイデアが注目されがちです。

誰も思いつかなかったコンセプト。意外なモチーフの組み合わせ。ひと目で印象に残るビジュアル。プレゼンテーションでも、こうした発想の新しさが評価される場面は多いでしょう。

しかし、採用されたアイデアがそのまま完成品になるわけではありません。

  • ロゴであれば、文字の太さや形状のバランスを調整し、さまざまなサイズで使えるようにする必要があります。
  • Webサイトなら、画面の幅が変わってもレイアウトが崩れないように調整し、実際の文章や画像を入れた状態で検証します。
  • 印刷物なら、紙の色や印刷方法を考慮し、文字の可読性や細部の再現性を確認します。

最初のアイデアがどれだけ魅力的でも、これらの作業が不十分なら完成品の品質は下がります

『Design Week』のコラムを執筆したCat Howは、ブランディングエージェンシーHOW+HOWの創業者兼エグゼクティブ・クリエイティブディレクターです。彼女は、業界が独創性を重視する一方で、そのアイデアを完成させるための作業を過小評価していると指摘しています。

437の広告を調べた研究で、意外な結果が出ていた

コラムで取り上げられているのは、2013年にHarvard Business Reviewで発表された広告の創造性に関する研究です。

研究を行ったのは、ケルン大学のWerner ReinartzとPeter Saffert。ドイツの消費財ブランド90社に関連する437のテレビ広告キャンペーンを対象に、広告の創造性と販売実績の関係を分析しました。

研究者たちは、創造性をひとつの能力として扱わず、五つの要素に分けて評価しています。

創造性の要素意味
Originality(独創性)従来とは異なる、新しい発想があるか
Flexibility(柔軟性)異なる発想や観点を扱えているか
Elaboration(精緻化)アイデアを細部まで発展させているか
Synthesis(統合)異なる要素を組み合わせているか
Artistic Value(芸術的価値)視覚的・美的な完成度があるか

注目したいのは、独創性だけが広告効果を決めるわけではなかったことです。

研究で比較された創造性の各要素のうち、「Elaboration(精緻化)」は、独創性よりも販売実績との強い関係を示しました。

Cat Howが紹介した分析値では、精緻化が1.32、独創性が1.06です。

これは、広告の各要素を比較した研究上の指標であり、精緻化を高めれば売上が必ず32%増えるという意味ではありません。

また、テレビ広告と一般的なグラフィックデザインでは仕事の目的が異なるため、この結果をすべてのデザインに当てはめることもできません。それでも、創造性を発想の新しさだけで判断することへの疑問を投げかける研究です。

精緻化とは、単純に手間をかけることではない

Elaborationは、日本語では「精緻化」や「詳細化」と訳される言葉です。

今回の研究では、基本的なアイデアがどれほど細部まで発展させられているか、予想以上のディテールを持っているかといった観点で評価されています。

デザインの仕事に置き換えると、アイデアを完成形まで発展させる工程と考えられます。

たとえば、ロゴのモチーフとして花を使うことを思いついたとします。

花を使うという発想自体は、珍しいものではありません。しかし、花びらの枚数、形状、線の太さ、文字との距離、縮小したときの見え方まで検討することで、独自のロゴへ発展させられます。

アイデアが同じでも、完成形は制作者によって異なります

ただし、細部を増やすことと、精緻化は同じではありません。装飾を増やせば完成度が高くなるわけでも、制作時間を長くすれば優れた作品になるわけでもありません。

必要なものを残し、不要なものを取り除く判断も、完成度を高めるための作業です。一見するとシンプルなデザインでも、そこへ至るまでに多くの検討が行われていることがあります。

デザイン業界は、最も時間のかかる仕事を安く扱っていないか

Cat Howのコラムで特に考えさせられるのは、デザイン業界の料金体系への批判です。

デザイン会社では、コンセプトの提案に対価が支払われる一方、その後の修正や細部の調整が追加料金なしで行われることがあります。

たとえば、プレゼンテーションで採用されたデザインを実際の媒体に展開する場合です。

一枚のポスターを制作するだけなら、それほど複雑ではないかもしれません。しかし、そのデザインをWebサイト、SNS、動画広告、パンフレット、店舗のサインなどに展開するとなれば、それぞれの媒体に合わせた調整が必要です。

文字のサイズや情報量、画像の比率、印刷と画面表示の違いなど、考慮すべき条件も増えていきます。

こうした仕事は、最初にコンセプトを発表する瞬間ほど目立ちません。それでも、ブランドの印象を統一し、実際に使えるものへ仕上げるためには欠かせない工程です。

問題は、その作業が契約や見積もりの段階で十分に評価されない場合があることです。

「デザイン案は完成しているのだから、あとはサイズを変えるだけでしょう」

そんな認識で仕事を進めると、制作者と依頼者の間に大きな隔たりが生まれます。サイズ変更に伴ってレイアウトを組み直したり、情報の優先順位を調整したりする仕事まで、単純な書き出し作業として扱われてしまうからです。

修正回数ではなく、何を完成させる仕事なのか

では、制作者は細部の調整に対して、どのように対価を求めればいいのでしょうか。

まず考えたいのは、修正作業と完成度を高める作業を区別することです。

たとえば、クライアントが最初に指定していなかった内容を後から追加する場合、それは仕様変更に当たることがあります。一方、制作の過程でデザイナー自身が文字間や余白を調整するのは、当初の品質を満たすために必要な作業でしょう。

両者をまとめて「修正」と呼んでしまうと、どこまでが制作料金に含まれているのかわかりにくくなります

見積もりの段階で、制作内容をもう少し具体的に分けることが大切です。

たとえばロゴ制作なら、

  • コンセプトの検討
  • ロゴタイプの制作
  • 配色展開
  • 最小使用サイズの検証
  • 納品データの整備

など、完成までに必要な工程があります。

これらを依頼者へ説明することは、単に料金を細かく設定するためではありません。完成品に至るまで、どのような専門的判断が必要なのかを理解してもらうことにもつながります。

時間をかけたことだけを価値として主張するより、何を検討し、何を解決したのかを伝えるほうが、依頼者も納得しやすいでしょう。

生成AIでアイデアを大量に作れることは、完成度を保証しない

生成AIの普及によって、短時間で多くのビジュアル案を作れるようになりました。

たとえば、ポスターの方向性を考える際に、異なる色や構図の案を次々と生成できます。従来ならラフスケッチに時間を費やしていた作業を、別の方法で進められるようになったわけです。

しかし、大量の案があることと、完成度の高いデザインを選べることは同じではありません。

  • どの案が目的に合っているのか
  • 誰に向けた表現なのか
  • 既存のブランドと矛盾しないか
  • 使用する媒体に適しているか

こうした判断は、案が増えるほど必要になります。

さらに、採用した案を実務で使うには、文字組みやレイアウト、素材の権利関係、納品形式なども確認しなければなりません。

AIによって作業時間を短縮できる部分は増えていますが、成果物の品質を担保する責任まで自動的になくなるわけではありません

むしろ、案を作るコストが下がるほど、どの案を選び、どこまで完成させるかという判断の重要性が増すと考えられます。

アイデアの価値を否定しているわけではない

ここで誤解したくないのは、独創的なアイデアが不要だという話ではないことです。

Cat How自身も、元のコラムでこの点を明確にしています

研究では、独創性と精緻化を組み合わせた広告が、特に良い成果を示していました。

つまり、独創性と精緻化は対立する要素ではありません。新しい発想を生み出し、それを十分に発展させる。両方が揃うことで、完成品の価値が高まる場合があります。

また、すべての案件で新しいアイデアを生み出す必要があるとも限りません。既に定着したブランドを扱う場合、独創的な新案を作るよりも、今あるデザインを適切に改善するほうが目的に合っていることがあります。

反対に、新しい市場へ参入するブランドなら、従来とは異なる発想が強く求められるかもしれません。

何が必要なのかは、案件によって異なります。アイデアの新しさだけを評価するのではなく、それがどのような成果につながるのかまで考える必要があるのでしょう。

デザイナーの価値は、完成品に残っている

優れたデザインを見ると、その発想の鮮やかさに目を奪われることがあります。

しかし、完成品に至るまでには、表からは見えない判断が積み重なっています。

  • 少しだけ文字を太くする
  • 余白を調整する
  • 複数の媒体で確認する
  • 違和感のある部分を何度も修正する

ひとつずつ見れば、目新しさのない仕事かもしれません。それでも、その判断によってデザインの品質が変わります。

アイデアを思いつく瞬間は、制作の中でも楽しい時間です。一方、完成させるまでの作業には、根気が必要です。目立つ成果が生まれにくい工程もあります。

だからこそ、完成品を作る仕事として、その時間や専門性が適切に評価されてほしいと思います。

良いアイデアを出せる人は貴重です。でも、そのアイデアを良い作品に仕上げられる人も、同じくらい貴重なのではないでしょうか。

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