整ったベクター、滑らかなグラデーション、均一なレイアウト。
デジタルでいくらでも綺麗なものを作れるようになった一方で、2026年のデザインでは逆方向の動きが目立っています。
手描きの線、インクのにじみ、紙のざらつき、切り貼りしたコラージュ、少し歪んだ文字。

素材マーケットのCreative Marketは、2026年のデザイントレンドのひとつとして「Hand-drawn Revival」を挙げています。ブランドの世界でも、世界的な広告会社TBWAが2026年8月に発表した新しいビジュアルアイデンティティへ、インクやペン、手描きのモチーフを大きく取り入れました。
単なるレトロブームではなさそうです。背景には、生成AIによって「綺麗なビジュアルを簡単に作れる」環境が急速に広がったこともあります。
Creative Marketが挙げた「Hand-drawn Revival」
Creative Marketが発表した2026年のトレンドレポートでは、7つの大きなデザイン潮流のひとつとして「Hand-drawn Revival」が選ばれています。
特徴的なのは、きれいに整えすぎない線です。
- スケッチブックに描いたような線画
- 手作り感のあるフォント
- 少し不揃いなアイコン
- キャラクターやマスコット
などが使われます。
Creative Marketは、こうした意図的な不規則さや質感が「人間が作ったもの」であることを感じさせる要素になっていると分析しています。
同社は5月にも「Naïve Doodles」と呼ばれる手描き表現を取り上げています。
震えた輪郭、不均一な形、手書き文字、星や矢印のような何気ない落書き。上手に描かれていないように見せること自体が目的なのではなく、あえて整えすぎないことでブランドへ人間味を加えるスタイルです。
手描きだけではない。紙や布、コラージュも増えている
2026年に戻ってきているのは、手描きイラストだけではありません。
Creative Marketのトレンド全体を見ると、
- 「Peak Journal」ではレシート、ラベル、切手、封筒、テープ、メモなどを使ったスクラップブック風の表現。
- 「Slowly Knit」では刺繍、レース、織物、水彩などの手工芸。
- 「Rococo Romance」では装飾的なフレーム、紙、レース、歴史的なモチーフ。
と、かなりの割合で物理的な質感が登場します。
紙を破った跡やテープのずれをわざわざデジタル素材として再現するのは、少し不思議にも見えます。
それでも今は、その「わざわざ残された痕跡」に価値が出ています。
Creative Marketが7月に取り上げた「Playful Provenance」でも、破れた紙、テープ、シール、手書き文字などが、誰かが実際に作ったことを感じさせる要素として扱われています。
TBWAも新しいブランドを「手作り」にした
素材マーケット上だけの小さな流行なら、そこまで気にする必要はないかもしれません。
ところが8月には、世界的な広告会社TBWAも同じ方向へ動きました。
TBWAがグローバルで刷新したブランドアイデンティティでは、以前から使われている黄色と黒、特徴的なバックスラッシュを残しながら、手描きアイコン、筆のストローク、インクの滴、スプレー、手書き文字などを追加しています。
TBWA自身が、新しいデザインの特徴として「Evidence of Making」という考え方を掲げているのも象徴的です。
完成品だけを見せるのではなく、作った痕跡そのものをデザインへ残します。
写真も完璧にポーズを決めたものではなく、人が動いている瞬間を捉える方向へ変更されています。
さらに新しいブランドカラーには、古い封筒や写真フィルムなどから着想を得た「Analog」という色まで追加されました。
ここまでくると、単なる「手描き風がかわいいから」という話ではありません。
なぜ今、わざわざ「不完全」にするのか
少し前まで、デジタルデザインでは不完全さを消す方向へ技術が進んできました。
- 線は滑らかにできる
- 写真のノイズは消せる
- レイアウトは正確に揃えられる
- フォントなら同じ文字を何度入力しても同じ形になる
ところが生成AIまで加わり、一定水準以上に整ったビジュアルを作ること自体の難易度がさらに下がりました。
Creative Bloqが複数のデザイン関係者へ取材した2026年のトレンド予測でも、インク、布、粘土、物理的なコラージュなど「作った痕跡」を見せる表現が挙げられています。理由として語られているのも、懐古趣味だけではなく、均質なデジタル表現との差別化です。
生成AIが悪いからアナログへ戻る、という単純な構図でもありません。
AIでも手描き風の画像は作れます。Photoshopでも紙の質感は再現できます。
重要になっているのは制作方法そのものより、一目見たときに「誰かの癖」が感じられるかどうかなのかもしれません。
「上手すぎない」ことがブランドの個性になる
手描き表現で面白いのは、通常なら修正する部分が、そのまま個性になることです。
- 左右が少し違う
- 文字の高さが揃っていない
- 線の太さにムラがある
- 同じモチーフを描いても微妙に形が違う
デザインシステムでは、本来こうした揺れを減らして一貫性を作ってきました。
今は逆に、その揺れそのものをルールとして組み込むブランドが出ています。
ブランドを揃えることと、全部同じにすることを分けて考えているわけです。
AI時代だからこそ「手描き風」にすればいいわけでもない
ここまでを見ると、今後は手描き素材を使えば流行に乗れるようにも思えますが、そこまで単純ではなさそうです。
今回の流れで評価されているのは、表面的な「アナログ風加工」だけではありません。
Creative Marketが繰り返し挙げているのは、個性、作者性、不規則さ、自然な質感といった要素です。
均一なテンプレートに手描き矢印をひとつ載せただけでは、結局また同じものが大量に生まれます。
むしろ、
- 少し変でもそのブランドにしかない線を作る
- 自分で撮った写真を使う
- 実際の紙や絵の具を素材にする
- 同じルールでも毎回少し違う結果になるようにする
そうした「その人やブランドが作った理由まで見えるデザイン」の方が、この流れには合っています。
完璧さより「誰が作ったか」が見えるデザインへ
デザインツールそのものは、今後さらに高性能になります。
Canva AIやFigma agentのように、完成したデザインだけでなく制作工程までAIが支援する機能も増えています。
その一方で、完成したビジュアルには人間らしい揺れが求められる。一見すると矛盾していますが、実はかなり自然な流れかもしれません。
- 作業を効率化できる部分はAIへ任せる。
- そこで浮いた時間を、ブランド固有の表現や、人の目に引っかかる部分へ使う。
2026年の「Hand-drawn Revival」は、単なる手描きブームというより、簡単に整ったものを作れる時代に、何をあえて整えないのかというデザインの変化として見ると面白そうです。