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デザイン・トレンド

3Dプリンターから「製本済み」で出てくる本『Manual』|本文は自分自身の製造コード

紙に印刷し、折り、綴じて本にする。
その当たり前の工程を丸ごと3Dプリンターへ置き換えたのが、Studio Darius OuとBenson Chong氏による『Manual』です。

26ページの本文には、この本自身を3Dプリントするために使われたコードの一部が浮き出し文字として刻まれています。

奇抜な造形実験に見えますが、プロジェクトが問い直しているのは「本は紙でなければならないのか」「印刷と製本を別工程にする必要はあるのか」という、グラフィックデザインのかなり基本的な部分です。

印刷・製本・文字の加工が、すべて一回で終わる

一般的な本は、データを作った後にも複数の工程を通ります。印刷した紙を断裁し、折り、ページをまとめ、綴じて、必要に応じて表面加工を施します。

『Manual』では、それらを分けません。

ページ、背、綴じ部分、本文の浮き出し文字まで、すべてを一続きの3Dプリントで形成します。

プリントが終了した時点で、機械の上にはページをめくれる本がすでに完成しています

後からページを組み立てたり、別工程で製本したりする必要はありません。

一般的な冊子制作『Manual』
紙へ印刷3Dプリント
断裁・折り加工造形時にページを形成
製本造形時に背まで形成
インクやトナーで文字を印刷素材そのものを盛り上げて文字を形成
複数工程一続きのプリント工程

素材には、柔軟性を持つTPU(熱可塑性ポリウレタン)が使われています。

硬い樹脂ではなく、ページとして曲げられる素材を選ぶことで「造形物」ではなく、めくって読める本として成立させています。

画像:Studio Darius Ou公式サイト

本文に書かれているのは「この本の作り方」

『Manual』の中身も普通ではありません。

26ページに刻まれているのは小説や論文ではなく、この本を3Dプリンターで作る際に使用したG-codeの一部です。

G-codeとは、3Dプリンターや工作機械へ「どこへ移動するか」「どの速度で動くか」といった指示を送るための機械制御用コードです。3Dプリントでは、造形データをプリンターが動ける命令へ変換したものと考えるとわかりやすいでしょう。

つまり『Manual』は、自分の身体に自分自身の製造手順を記録した本です。

ただし、26ページにすべてのコードが収録されているわけではありません。

Parametric Architectureによると、収録できているのは全G-codeの約2.5%。現在の3Dプリント解像度では、可読性を維持したままコード全体を文字として載せるのが難しいためです。

この「全部は入らない」という制限も、プロジェクトを面白くしています

仮に「自分自身を完全に記述する本」を作ろうとすると、新しく追加したコードを印刷するためのコードも必要になります。

そのコードを収録すれば、さらにそれを印刷するコードが増える。完全な自己記述を目指すほど内容が増えていくという矛盾が生まれます。

本を「データから直接出てくる物体」として考える

プロジェクトを手がけたHyperpressでは、『Manual』を「Replicable Book(r-book)」という考え方で説明しています。

Replicable Bookは、データを送れば別の場所でも物理的な本として再生成できる、という発想です。電子書籍のように内容だけを配信するのではなく、本そのものの構造までデータ化します。

紙の本を誰かに届けるには、通常は印刷して製本し、完成品を輸送します。

『Manual』の考え方なら、送るものは完成した本ではなくデータです。

受け取った場所に対応する3Dプリンターがあれば、そこから本そのものを作れます

もちろん、現段階で一般的な出版物を置き換えられる方法ではありません。制作時間や材料費、解像度、読みやすさを考えれば、数百ページの小説をTPUで3Dプリントする合理性はほとんどないでしょう。

それでも「印刷物を配送する」のではなく、物体を作るための情報を配送するという考え方は、出版以外にも広げられます。

「XY-for-Z」で、ページを綴じたままプリントする

『Manual』では「XY-for-Z」と呼ばれる3Dプリント手法が使われています。

一般的なFDM方式の3Dプリンターでは、素材を薄い層として積み上げて高さを作ります。

FDMは、熱で溶かした樹脂をノズルから押し出し、一層ずつ積み重ねて立体物を作る3Dプリント方式です。家庭用・デスクトップ型3Dプリンターでも広く使われています。

Hyperpressの手法では、その積層方向の考え方を工夫し、ページとページの隙間ヒンジとして機能する部分まで連続して出力します。完成した後にページを一枚ずつ接着するのではなく、最初から「開ける構造」として造形します。

ブックデザインというより、プロダクトデザインや設計に近い判断まで必要になります

紙なら「ページを何mmにするか」で済むところを、素材の厚さ、曲がり方、積層方向、ノズルが通れる形まで考えなければなりません。

グラフィックデザイナーが3Dプリンターを「印刷機」として見る

Darius Ou氏はシンガポールを拠点に、タイポグラフィ、モーション、アートディレクションなどを手がけるデザイナーです。

氏が運営する研究プロジェクトHyperpressは、3Dプリンターをフィギュアや立体模型を作る装置としてではなく、グラフィックデザインや出版に使う印刷装置として研究しています。Creative Boomによると、Hyperpressではこれまで6冊の3Dプリント本を制作しています。

この視点は、制作ツールの使い方を考えるうえでも参考になります

Illustratorはベクターグラフィックを作るソフト、After Effectsは映像を作るソフト、3Dプリンターは立体物を作る機械、と用途を先に決めてしまうと、既存の使い方から外れにくくなります。

一方で「この機械は何を出力できるのか」まで戻って考えると、3Dプリンターも一種の印刷機として扱えます。

『Manual』は、新しい機材を使ったというより、既存機材のカテゴリーを読み替えたプロジェクトだと見る方がしっくりきます。

タイポグラフィも「印刷される形」から設計し直す

3Dプリンターで文字を作る場合、画面上できれいに見える書体をそのまま使えるとは限りません。

線が細すぎれば造形できず、文字間が狭すぎれば形がつながります。サイズを下げれば、文字として判別できなくなる場合もあります。

『Manual』では文字がインクではなく、TPUの凹凸として存在します。

そのためタイポグラフィには、一般的な印刷物とは違う条件が加わります。

  • ノズルで再現できる最低線幅
  • 文字同士が癒着しない間隔
  • 指で触れたときにも残る高さ
  • ページを曲げても壊れにくい形
  • 26ページに収まる情報量

画面上の見た目だけではなく、製造方法が書体設計へ入り込んでくるわけです。

Darius Ou氏の仕事には、このようにプロジェクトの設定や技術からタイポグラフィのルールを作る例が多くあります

Creative Boomが9月に紹介した別プロジェクトでは、SF作家Ursula K. Le Guinの作品に登場する架空の学問「therolinguistics」を題材に、人間中心ではない文字体系を想定したカスタム書体まで制作しています。

Therolinguisticsは、Le Guinの小説内で設定された架空の学問で、人間以外の生物が持つ文学や言語を研究するというものです。

見栄えのいい書体を先に作るのではなく、作品世界のルールを考え、その結果として文字の形を導いています。

Therolinguistics

「新しい見た目」を探すより、工程を変えてみる

グラフィックデザインで新しい表現を探すとき、配色や書体、レイアウトを変える方法がまず思い浮かびます。

『Manual』は、それよりさらに前の工程を変えています。

紙を使わない。インクを使わない。製本を別工程にしない。文字と本体を同じ素材で作る。

すると、完成したビジュアルも自然に通常の本から離れます。

Helen Ahpornsiri氏の押し花イラストにも通じますが、独自性を作る方法は「変わった絵柄を考える」だけではありません。

変える場所起きる変化
配色印象が変わる
書体声色が変わる
レイアウト情報の読み方が変わる
素材質感や表現可能な形が変わる
制作工程完成物そのものの構造が変わる
出力方法デザイン上の制約が変わる

制作工程を変えると、それまでデザイナーが意識しなくてもよかった制約が入ってきます。

その制約へ対応するうちに、従来とは違う形が生まれる。この流れは「個性的に見せよう」と装飾を足していく方法とはかなり違います。

3Dプリント本が紙の本を置き換える必要はない

『Manual』を見て、「これが未来の本になるのか」と考える必要はあまりありません。

紙は軽く、安く、高精細で、速く大量生産できます。読むという目的だけなら、現在の出版技術は完成度が高すぎます。

3Dプリント本が面白いのは、紙に勝つからではなく、紙では作れない本を考えられることです。

たとえば、ページそのものに立体的な情報を持たせる、触覚を利用する、通常の製本では作れない構造を一体成形する。本とプロダクトの境界が曖昧になれば、これまで「冊子」として設計できなかったものも出版物として扱える可能性があります。

『Manual』自身も、読み物として便利な本というより「本とはどんな物体なのか」を考える研究成果に近い存在です。

完成品だけでなく「作られ方」をデザインする

通常、読者が本を手に取っても、印刷機の設定や製本工程までは見えません。

『Manual』では、その裏側にある製造情報を本文へ持ち出しました。

さらに、製造方法を変えた結果としてページの形、文字の表現、素材、綴じ方まで変わっています。

グラフィックデザインを「画面や紙面を整える仕事」と考えると、少し遠いプロジェクトに見えるかもしれません。

ただ、デザイナーが決められる範囲を制作工程まで広げると、成果物そのものを再設計できます。

何をレイアウトするかだけでなく、そのレイアウトがどんな方法で物体になるのかまで設計対象にする。

3Dプリンターから製本済みの状態で現れ、自分自身の製造コードを本文として持つ『Manual』は、その発想を極端なほどわかりやすく形にした一冊です。

関連リンク

  • Studio Darius Ou公式サイト
    Darius Ou氏のプロジェクト、Hyperpressを含む現在の活動を確認できます。
    Studio Darius Ouを見る
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デザイン制作とWeb運営に携わりながら、クリエイター向けサービスや制作ツールの情報を追っています。

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