オーストラリアで、オンライン上の著作物をAI学習へ利用する際のルールを大きく変える可能性のある議論が進んでいます。
9月15日にABCが政府の非公開協議資料を報じ、権利者が拒否しない限りAI学習の対象にできる「オプトアウト」を前提とした2案が検討されていることが明らかになりました。
9月16日にはクリエイター団体などから反発が相次いでいます。
現在は「検討案」。AI企業が自由に学習できるようになったわけではない
ABCが9月15日に報じたのは、オーストラリア司法長官省が9月上旬に権利者団体との協議で提示した「AI on Australian Terms」と題する資料です。
資料では2つの選択肢が示され、どちらにも権利者がAI学習を拒否するオプトアウトの仕組みが含まれていると報じられています。
現在のオーストラリアでは、著作権は作品を作った時点で自動的に発生します。著作権者には作品を複製・公開するなどの排他的権利が認められており、原則として著作物を利用する側が許可やライセンスの有無を確認します。
今回議論されている案が採用されれば、この関係がAI学習について変化する可能性があります。
案のひとつは「拒否されていない作品」をAI学習に使える仕組み
ABCが確認した資料によると、第1案では、権利者がオプトアウトしていないオンラインコンテンツを「unprotected」と位置付けています。
AI企業が一定の条件を満たし、中央機関へ支払いを行えば、こうしたコンテンツを学習へ利用できる法的な仕組みが検討されています。中央機関が登録された著作権者へ資金を分配する案です。
さらに、AI企業とオーストラリアの著作権管理団体とのライセンス契約によって学習を認める仕組みも示されています。
問題になるのは、個々のクリエイターが直接AI企業と契約していなくても対象になる可能性があることです。
イラスト、写真、文章、漫画、音楽などをWeb上へ公開するクリエイターにとって、「許可した作品だけ使える」と「拒否しなかった作品は使える」では意味が大きく異なります。
もうひとつの案ではAI企業と権利者側による包括的な交渉を想定
もう一方では、AI企業と権利者側の団体などによる交渉を通じて、著作物へのアクセス条件を設定する方向が検討されています。こちらにもオプトアウトが含まれると報じられています。
こうした多数の著作物をまとめて扱う仕組みでは「包括ライセンス」という言葉が使われることがあります。
包括ライセンスは、一作品ずつ個別に許可を取るのではなく、管理団体などが管理する多数の作品についてまとめて利用許諾を行う方式です。音楽などではすでに広く利用されています。
AI企業が膨大な作品を学習する場合、一人ずつ作者を探して契約するのは現実的ではないという問題があります。一方で包括化を進めすぎれば、個人が「自分の作品を学習へ提供するか」を決める権利との調整が必要になります。
なぜ「オプトアウト」がクリエイター側で問題視されているのか
最大の違いは、誰が行動しなければならないのかです。
オプトインなら、クリエイターが許可するまで作品は対象になりません。
オプトアウトなら、クリエイター側が拒否の意思を示す必要があります。
Webサイト、SNS、ポートフォリオ、作品投稿サービスなど複数の場所へ作品を公開しているイラストレーターや漫画家を考えると、この差は無視できません。
さらに「AI学習を拒否する」と意思表示するだけで十分なのか、robots.txtなど機械が読み取れる方法が必要なのか、プラットフォーム側で設定するのかといった実装も重要になります。
Australian Society of Authorsは現在、作者やイラストレーター向けに、Web上のコンテンツについてクローラーを制限する方法や、書籍へAI学習禁止の意思表示を掲載する方法を案内しています。ただし、こうした措置も完全な防御ではないと説明しています。
9月16日、クリエイター側から反発が拡大
報道翌日の9月16日には、オーストラリア国内で議論がさらに広がっています。
音楽著作権管理団体APRA AMCOSは、AI企業がクリエイターの作品を利用したいのであれば、著作権を障壁として扱うのではなく、ライセンス交渉を行うべきだと主張しました。同団体CEOのDean Ormstonは、多国籍AIプラットフォームからAI学習用音楽のライセンスについて問い合わせを受けたことがないとしています。
独立系上院議員David Pocockも、オプトアウトを基本とする案について、すでに持っている権利を守るために国民側へ負担を移すべきではないと批判しています。
一方、政府側はAI投資とクリエイター保護を両立できるとの立場を示しており、「政府がAI企業による無断利用を正式決定した」と捉えるのは正確ではありません。
2025年には「著作権保護を弱めない」と明言していた
今回の動きが大きなニュースになっている理由には、これまでの政府方針との関係があります。
オーストラリア政府は2025年10月、AI開発者がオーストラリアのクリエイター作品を許可なく無料で学習へ利用できる広範なText and Data Mining Exceptionについて、導入しないと公式発表しました。
Text and Data Mining(TDM)は、大量の文章や画像などをコンピューターで解析し、パターンや情報を抽出する処理です。生成AIの学習データ利用をめぐる著作権議論でも頻繁に登場します。
当時政府は、AIと著作権について、
- AIで著作物を利用するための合法的な仕組み
- 有償の包括ライセンス制度
- AI生成物への著作権適用の明確化
- 著作権侵害を低コストで争える制度
などを検討するとしていました。
今回報じられた案は、その議論がより具体的な制度設計へ進んだものと見ることができます。ただし、以前否定したTDM例外と今回の案が法律上まったく同じものというわけではありません。
日本のイラストレーターや漫画家にも無関係ではない
今回の話はオーストラリアの著作権制度ですが、日本のクリエイターにとっても追う価値があります。
生成AIをめぐる著作権制度では現在、各国が
- 学習を原則認めるのか
- 許可を必要とするのか
- 拒否手段をどう作るのか
- 利用された作者へどう報酬を戻すのか
をそれぞれ模索しています。
とくに今回の案で興味深いのは、単純な「AI学習OK/NG」ではなく、AI企業による大規模学習を認めながら、中央機関や権利管理団体を通じてクリエイターへ対価を戻せないかという設計が議論されている点です。
仕組みとして成立すれば、AI学習用ライセンスという新しい収益源につながる可能性があります。
一方で、作者本人が知らないうちに対象となるなら話は別です。
報酬があるかどうかだけでなく、作者自身が利用の可否を決められるのかまで見なければ、クリエイター側から制度を評価することはできません。
まだ「AI学習を拒否する設定」を急いで変更する段階ではない
現段階で確認できるのは、非公開協議で複数案が提示されたというところまでです。
オーストラリア政府にはAIと著作権を継続的に協議するCopyright and Artificial Intelligence Reference Group(CAIRG)が設置されており、著作物をAIへ入力する際の扱いや透明性などを検討しています。
さらに2026年8月には、オーストラリア議会にAIに関する合同特別委員会が設置されました。調査対象には、AIモデルの学習にオーストラリアのクリエイティブ・文化・メディアコンテンツを利用する問題と、既存の知的財産・著作権法との関係も明記されています。委員会は11月30日までに報告する予定です。
現時点で「オーストラリアがオプトアウト制へ移行する」と断定するのではなく、制度案が正式な法案や政府方針へ進むかを継続して追う必要があります。
もし採用されれば、オンラインへ作品を公開するクリエイターにとって影響の大きな制度変更になります。
関連リンク
ABC News「AI companies could use creators' work without paying them under leaked government copyright proposal」
オーストラリア司法長官省「Copyright and Artificial Intelligence Reference Group」