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デザイン・トレンド

破って、切って、折ると8種類の本になる|「本を作るための本」が面白い

「本は丁寧に扱うもの」という前提を、最初から捨てて作られた本があります。

グラフィックデザイナー兼研究者のCarolina Incerti氏による『A Book for Making Books』は、ページを破り、切り、折り、組み立てることで、8種類のZINEや冊子の見本そのものへ変わる実践型のガイドです。

2025年の修士研究から生まれた作品で、2026年にはノルウェーのブックデザイン賞「Årets vakreste bøker(The Most Beautiful Norwegian Books)」の学生部門にも選ばれました。

本の作り方を文章と図で説明するのではなく、本そのものを壊しながら本の構造を覚える。
同人誌やZINEを作る人にとっても、かなり面白い教材設計です。

読むだけではなく、本そのものを教材にする

『A Book for Making Books』には、製本の方法を説明するページとともに、実際に切り離して使える型が収録されています。

扱うのは、一枚の紙から作るZINEから、複数の折丁を縫い合わせる冊子まで8種類。ページを取り外し、指示に沿って折ったり縫ったりすると、平面だったページがそのまま本のダミーへ変わります。

折丁(おりちょう)とは、大きな紙を折って複数ページをひとまとまりにしたものです。冊子では、この折丁をいくつか重ねたり綴じたりして本文を作ります。

一般的な製本ガイドでは、完成例を写真で見ながら自分で別の紙を用意します。この本では、説明する媒体と練習材料が同じです。

「この位置を切ると何が起きるのか」「一枚の紙がどうページ順になるのか」といった製本の仕組みを、読むより先に手で理解できます。

なぜ「本を破る」設計にしたのか

本を買った直後にページを破るのは、少し抵抗があります。

ノルウェーのデザイン団体Grafillの審査員も、この作品について「ページを破って自分のダミーを作らせることで、本という物体への敬意そのものに挑戦している」と評価しています。

けれど、その抵抗感がこの本の仕掛けでもあります。

通常、本は完成品です。読者は作られたものを受け取ります。

『A Book for Making Books』では、その完成品を一度壊すことで、読者自身が作り手側へ移ります。

  • 見る
  • 破る
  • 折る
  • 縫う
  • 別の本ができる

本を「情報が印刷された完成物」ではなく、別の本を作るための材料として設計しています。

きっかけは「製本の解説書が難しすぎる」こと

この作品は、Incerti氏がノルウェーのベルゲン大学芸術・音楽・デザイン学部で取り組んだ修士研究「Open Books: Collective Practices for Self-Publishing」から生まれました。

研究の中心になったのは、学生や教員が一緒に本を作る「Open Books」というブッククラブです。

経験者だけを対象にせず、製本をしたことのない人でも参加できる場所として運営されました

そこで既存の製本ガイドを使ううちに、Incerti氏は問題を感じます。詳しく書かれている本は初心者には複雑で、簡単な本は逆に説明や実践的なヒントが足りないことがあったといいます。

そこで考えたのが、製本方法を文章だけで説明するのではなく、「動画チュートリアルを紙へ変換するような本」でした。

8種類の型は、実際に人に作ってもらって改善

収録されている型は、デザイナーが机上だけで完成させたものではありません。

Open Booksの参加者に作ってもらい、わかりにくい部分を確認しながら修正されています。

製本経験者には当然に見える指示でも、初めて作る人には伝わらない場合があります

  • 「山折り」と書けば伝わるのか
  • どこから縫い始めればいいのか
  • 切ってよい場所と残す場所をどう見せるのか
  • 写真と図のどちらが理解しやすいのか

教材として設計すると、ブックデザインには通常の読みやすさとは違う問題が入ってきます。

完成した紙面を美しく見せるだけではなく、読者が迷わず手を動かせるかまでデザインしなければなりません。

見た目のモチーフは「遊び場」

本全体には、原色を中心にした軽快な色使いが採用されています。

Incerti氏が参照したのは、整然としたデザイン教本ではなく「遊び場」でした。

遊び場では、学ぶこと、試すこと、誰かと一緒に何かをすることが自然に混ざっています

Open Booksで重視していた「Playfulness(遊び)」「Collectiveness(共同性)」「Learning(学び)」を、本のビジュアルへ置き換えるためのモチーフとして選ばれました。

仕様も含めて見ると、次のようになっています。

項目仕様
サイズ25×20cm
ページ数52ページ
本文用紙Munken Pure 120g/㎡
型などA4・A3を混在
仕切り色付きFabriano Tiziano 160g/㎡
本文書体CirrusCumulus、Satoshi
製本糊綴じ
内容8種類のZINE・冊子テンプレート

仕様は2026年の「Årets vakreste bøker」で公開されています。

本文書体も「正しい教科書」らしくしすぎない

本文には、Clara Sambot氏によるオープンソース書体「CirrusCumulus」が使われています。

Incerti氏は、ブックデザインやタイポグラフィには長く蓄積された欧州中心のルールや「正しい組み方」がある一方、この本ではそうした完璧さから距離を置きたかったと説明しています。

CirrusCumulusの少し不規則な文字から、子どもの手書きに近い遊びの感覚を感じたといいます

ただし、奇抜に見せることが目的ではありません。

本人が目指したのは、開いた瞬間に「難しそう」と思わせない本です。

専門家向けの製本書ではなく、親しみやすい小学校の先生のような本にしたかったと話しています

初心者向けデザインでは、情報を減らすだけでは十分ではありません。

「自分にもできそう」と感じさせることまで、紙面の役割になります。

「きれいな本」と「使える本」は別ではない

面白いのは、この本が実践教材でありながら、2026年のノルウェーのブックデザイン賞にも選ばれていることです。

製本教材なら、情報が伝われば役割は果たせます。

一方、デザイン賞を狙うなら、保存しておきたくなるほど美しく作りたくなります。

しかし『A Book for Making Books』は、受賞した本なのに破ることを要求します。

Grafillの審査評では、遊び心と教育性、視覚的な説明、技術的な精度が同時に評価されています。

保存したくなる本を、使い切るための本にする。この矛盾が作品のコンセプトになっています。

ZINEの作り方を教えるだけではなく、「作っていい」と思わせる

Incerti氏の研究テーマには「セルフパブリッシングの民主化」があります。

セルフパブリッシングとは、出版社を通さず、自分で企画・制作・発行する出版方法です。ZINEや同人誌、自費出版なども広い意味ではこの領域に含まれます。

自主出版で最初にぶつかる壁は、作品内容だけではありません。

  • どのサイズにするのか
  • ページはどう並ぶのか
  • どう綴じるのか
  • 紙を何枚使うのか
  • 印刷後にどう組み立てるのか

一度本を作った人なら知っていることでも、初めての人には見えない工程が多くあります。

その知識を「専門家だけが知っている技術」にせず、実際に一冊作りながら覚えられるようにする。

『A Book for Making Books』が教えているのは製本技術ですが、最終的な目的は、読者が自分でも出版物を作れると思える状態を作ることにあります。

同人誌やZINEの入門にも、この発想は使える

日本では同人印刷所が発達しているため、データを入稿すれば製本された冊子が届きます。

その便利さの一方で、本がどう組み立てられているのかを知らなくても制作できます。

知識がなくても作れること自体は良いことですが、構造を知るとデザインの選択肢は増えます。

  • なぜページ数は4の倍数になるのか
  • 中綴じでは厚い本を作りにくいのはなぜか
  • ノド側に絵を置くと見えにくくなるのはなぜか
  • 一枚の紙を折るだけでZINEを作れるのはなぜか

制作工程を理解すると、印刷所のテンプレートに合わせるだけではなく、本の構造そのものからデザインを考えられるようになります。

「説明する」のではなく「体験させる」デザイン

『A Book for Making Books』から参考にできるのは、製本だけではありません。

情報を理解してもらいたいとき、文章で説明する方法があります。

図解する方法もあります。動画にする方法もあります。

それでも理解しにくい内容なら、ユーザー自身にその仕組みを触らせる方法があります。

この本では、ページ構造を説明する代わりに、読者自身がページ構造を作ります。

説明を増やすのではなく、行動そのものを説明にしているわけです。

教材、マニュアル、展示、パッケージ、Webのチュートリアルなどにも応用できる考え方です。

「どう書けば伝わるか」で行き詰まったとき、「体験させられないか」と考えると、まったく違う解決策が出てくる場合があります。

本を作るための本が、自分自身を破壊することで本の構造を教える。

『A Book for Making Books』は、その考え方を物理的な一冊として成立させた、よくできたブックデザインです。

関連リンク

It’s Nice That|Carolina Incerti’s A Book for Making Books is designed to be torn apart and remade
It’s Nice Thatの記事を見る

Grafill|A Book for Making Books
Grafillの受賞ページを見る

University of Bergen|Open Books: collective practices for self-publishing
研究プロジェクトを見る

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