生成AIの登場以降、「AdobeはAI企業に仕事を奪われるのではないか」「CanvaやFigmaに追われている」といった話を目にする機会が増えました。
では、Adobeの事業そのものはどうなっているのでしょうか。
Adobeが9月10日に発表した2026年度第3四半期決算では、売上高が過去最高の67億6,000万ドルとなり、前年同期比13%増。AIを中心に設計された製品群の「AI-first ARR」は前年同期比150%超の成長となりました。
少なくとも現在の数字を見る限り、生成AIの登場によってAdobeの事業が縮小している状況ではありません。
売上高67.6億ドル、前年同期比13%増

Adobeの2026年度Q3の主な数字は以下の通りです。
| 項目 | 2026年度Q3 |
|---|---|
| 売上高 | 67.6億ドル |
| 前年同期比 | +13% |
| Adobe全体のARR | 275億ドル |
| サブスクリプション売上 | 65.6億ドル |
| GAAP純利益 | 18.3億ドル |
| 営業キャッシュフロー | 25.2億ドル |
Adobe全体のARRは275億ドルに到達しました。
ARR(Annualized Recurring Revenue)は、現在契約されているサブスクリプションなどから年間でどの程度の継続収益が見込めるかを見る指標です。Creative Cloudのような月額・年額課金を中心とするAdobeでは、事業の規模や今後の安定性を見るうえで重要な数字になります。
Creative & Marketing Professionals向けのサブスクリプション売上は46億5,000万ドルで前年同期比13%増、Business Professionals & Consumersは19億1,000万ドルで16%増でした。
なお、前者にはCreative Cloudだけでなくマーケティング関連事業なども含まれるため、「クリエイターからの売上が46.5億ドル」と読み替えるのは正確ではありません。
「AI-first ARR」は前年比150%超
今回Adobeが決算の先頭で強調したのが、AI-first ARRが前年同期比150%超増加したことです。
ただし注意したいのは、今回の決算資料ではAI-first ARRの絶対額までは示されていない点です。
「150%増」という数字は勢いを見るには有効ですが、それだけでAdobe全体の売上の何割をAI製品が占めているかまではわかりません。
それでもAdobeがこの数字を決算資料の最上部に置いていることからも、生成AIを単なるCreative Cloudの追加機能ではなく、今後の成長指標として扱っていることはわかります。
AdobeのAI戦略は「Fireflyを売る」だけではなくなった
Adobeの最近の動きを見ると、生成画像モデルそのものを競う会社から少しずつ形を変えています。
6月にはFireflyだけでなく、Photoshop、Premiere、Illustrator、InDesign、Frame.ioなどへ「クリエイティブエージェント」を広げる方針を発表しました。
ユーザーが作りたいものを言葉で伝えると、AIアシスタントが複数のAdobeアプリをまたいで工程を実行する仕組みです。さらにAdobeの制作機能をChatGPT、Claude、Copilot、Gemini、Slackなど外部のAIプラットフォームへ展開する方針も示しています。
この動きを見ると、Adobeが守ろうとしているのは「画像生成AIの市場」だけではありません。
クリエイターが何かを作るとき、最終的にAdobeの技術を通る状態を維持すること。
AI画像をAdobe Fireflyで生成するか、他社モデルで生成するかにかかわらず、その後の編集、レイアウト、動画制作、書き出し、共有までAdobe製品が関われば、同社の制作プラットフォームとしての位置は残ります。
クリエイティブ・生産性製品の月間ユーザーは10億人を突破
Adobeは今回、クリエイティビティ・生産性関連ソリューション全体で月間アクティブユーザーが10億人を突破したとも発表しました。
これも数字の読み方には注意が必要です
10億人がCreative Cloudへ有料課金しているという意味ではありません。AdobeはExpressやAcrobatなど無料ユーザーを入口にしたフリーミアム戦略も進めており、今回のMAUはそうした製品群を広く含む数字です。
ただ、PhotoshopやIllustratorを契約するプロだけを対象にしていたAdobeから、無料・モバイル・Webユーザーまで含めた巨大な制作プラットフォームへ範囲を広げていることは見えてきます。
AI時代になってAdobeがCanvaなどと競っている理由も、ここにつながります。
プロ用ソフトだけで市場を守るのではなく、「ちょっと画像を作りたい人」まで先にAdobeへ入れておく必要があるからです。
好決算なのに株価は下落
数字だけを見ると強い決算ですが、市場の反応は単純ではありませんでした。
Reutersによると、AdobeのQ3売上高67.6億ドルは市場予想の約67.0億ドルを上回りました。一方でQ4売上高見通しは68.0億〜68.5億ドル。市場予想が約68.5億ドルだったため、見通しの中央値が期待を下回り、時間外取引で株価は約1.9%下落しました。
Adobe自身は通期の売上高見通しを265.76億〜266.26億ドルへ設定しています
つまり市場が見ているのは、「Adobeは成長しているか」だけではありません。
「AI市場がこれだけ拡大している中で、もっと速く成長できるのではないか」という水準で評価されています。
Adobeにとって少し厄介なのはここです
業績が落ちたからAI競争に負けているのではなく、業績が伸びていても、それ以上の成長を要求される市場に入っています。
CanvaやFigmaとの競争も続く

Reutersは今回の決算を報じる中で、AdobeがCanvaやFigmaなどAI機能を強化するデザインプラットフォームとの競争にさらされていることにも触れています。
クリエイターから見ると、この競争は「Photoshop対Canva」のような単純な製品比較ではありません。
制作ソフトの境界そのものが崩れています。
画像生成、写真編集、動画制作、レイアウト、SNS用素材、プレゼン資料まで、以前なら別々のアプリで行っていた作業が、一つのAIインターフェイスから実行できる方向へ進んでいます。
AdobeがPhotoshopやIllustratorの単機能を磨くだけでなく、Fireflyを中心にアプリをまたぐAIエージェントを作っているのも、この変化への対応と考えるとわかりやすくなります。
12月には約19年ぶりにCEO交代
さらにAdobeは9月3日、アニール・チャクラヴァーシー氏が2026年12月1日付で社長兼CEOへ就任すると発表しています。
2007年からCEOを務めてきたシャンタヌ・ナラヤン氏はエグゼクティブチェアへ移ります。
ナラヤン氏の時代、Adobeはパッケージソフト販売からCreative Cloudのサブスクリプションへ大きく転換しました。
そして次のCEOが引き継ぐのは、制作ソフトそのものがAIによって再定義されているタイミングです。
Adobeにとって次の転換は、「ソフトを操作して作る会社」から「AIに指示し、Adobeの技術群を動かして作る会社」になれるかなのかもしれません。
「AIでAdobeが終わる」という段階ではない。ただし安心もできない
現在の決算だけを見るなら、「生成AIによってAdobeの事業が崩れている」という説明は成立しません。
売上高は過去最高。サブスクリプションも二桁成長し、AI-first ARRは前年から150%超増えています。
むしろAdobe自身もAI需要を取り込みながら成長しています。
一方で安心できる状況でもありません。生成AIによって「Photoshopを覚えなければ作れない」という壁そのものが低くなれば、Adobeが40年以上かけて築いたプロ向け制作ソフトの優位性も以前と同じ形では維持できません。
だからこそAdobeは、Fireflyだけで生成AI企業と戦うのではなく、Photoshop、Illustrator、Premiere、Acrobat、Express、そして外部AIまで一つの制作フローへ取り込もうとしています。
今回の決算から見えてくるのは、AdobeがAIに追われているだけではなく、AIを使って自分自身をもう一度作り替えようとしている途中にあるという現在地です。
その変化がクリエイターにとって便利な進化になるのか、制作工程そのものをさらにAdobeへ依存する方向へ進むのか。新CEO体制に切り替わる2027年度は、かなり重要な一年になりそうです。