Tatiana Egoshina

デザイン・トレンド

「悪いタイポグラフィ」がデザインの着想源に。Tatiana Egoshinaが語る文字と偶然の美しさ

洗練された書体や整ったレイアウトだけが、優れたデザインの手本になるわけではありません。

ミラノを拠点に活動するグラフィックデザイナー、Tatiana Egoshina(タチアナ・エゴシナ)氏は、街角の看板や手書きの文字、専門家ではない人が作った装飾の中にも独特の美しさを見いだしています。

海外デザインメディアCreative Boomが2026年11月5日に公開したインタビューでは、日常の観察からブランドデザインやアート作品を生み出す制作姿勢が語られました。

街の看板や手書き文字に見つけた、意図しない美しさ

Tatiana Egoshina氏が関心を寄せているのは、専門的なデザイン教育を受けた人が作ったものばかりではありません。イタリア・ミラノで暮らすようになってから、古い店舗の看板や商品パッケージ、手書きのメモなどを集めるようになったといいます。

店主が自分なりに選んだ装飾的なフォントや、独特のバランスで配置されたショーウィンドウの文字。デザインの原則に照らせば不格好に見えるものでも、そこには作り手の好みや工夫が表れています。同氏が魅力を感じているのは、そうした意図せず生まれた表現です。

インタビューでは、スーザン・ソンタグの評論『キャンプについてのノート』にも触れています。

「キャンプ」とは、人工的な装飾や誇張、不自然さなどに独特の美的価値を見いだす感性を指す言葉です。必ずしも洗練されていない表現を、その不完全さも含めて楽しむ考え方は、Egoshina氏が街中で集めてきた視覚資料とも重なります。

色彩感覚を変えたイタリアの街並み

Egoshina氏の作品には、鮮やかな色彩と大胆な文字の配置がたびたび登場します。その色彩感覚に影響を与えたのが、約10年前に訪れたイタリア・パレルモの風景でした。

イタリア・パレルモの風景

空や海、植物、果物、建物の壁、フレスコ画など、異なる色が街の中で自然に共存している様子を目にした経験が、色の捉え方を変えたと語っています。

同氏はモスクワでビジュアルコミュニケーションを学び、Strelka Instituteなどでデザインに携わってきました。Strelka時代のポスターでは、ピンクや青を用いた大胆な文字組みが印象的です。

映画祭「IndieLisboa」のビジュアルでも、幾何学的な形と強い色の組み合わせを採用しています。

映画祭「IndieLisboa」のビジュアル

これらの作品に共通するのは、色を単なる装飾として加えるのではなく、構図や文字と一体化させている点でしょう。

イタリアの民間伝承を岩壁に投影した「Ceneri di Pietra」

街の観察や地域文化への関心は、グラフィックデザインの枠を超えた制作にもつながっています。

その事例が、2026年6月にイタリア南部のカステルメッツァーノで制作された映像インスタレーション「Ceneri di Pietra」です。

Ceneri di Pietra

Egoshina氏はサウンドアーティストのLivia Borzetti氏と協働し、現地に滞在しながら地域の人々から伝承を聞き取りました。薬草を扱う治療者や魔女、白い犬など、土地に伝わる物語を手がかりに、記号や映像表現を制作しています。

完成した作品は、岩壁をスクリーンとして光や映像を投影するビデオマッピング作品として発表されました。

ビデオマッピングとは、建築物や立体物などの形状に合わせて映像を投影する表現技法です。

音楽や詩的な表現も組み合わせたこの作品は、現地の国際的な制作プログラム「The Breath of Light」で第1位を獲得しました。インターネットで画像を検索するだけでは得られない、土地の歴史や住民の記憶を制作の材料にしている点が特徴的です。

ブランド名を使わずにブランドを伝える「Fortune Cookie」

商業デザインでも、Egoshina氏は独自の発想を取り入れています。

2024年から2026年にかけて手がけたイタリアのコミュニケーションエージェンシー「Fortune Cookie」のブランドデザインでは、名前の由来であるフォーチュンクッキーから着想を得ました。

フォーチュンクッキーとは、中に短いメッセージを書いた紙が入っている菓子のことです。

同氏は、折り畳まれたカラフルなリボン状の図形にメッセージを載せるビジュアルを制作しました。「Do not panic(慌てないで)」「You are loved(あなたは愛されている)」などの言葉が、ブランド名そのものに代わって使われる場合もあります。

さらに、ブランドの運用が進む中で表現の統一が難しくなったことを受け、定められたルールに沿ってグラフィックを生成できるオンラインツールも制作したといいます。

デザイナー本人が常に関与しなくても、ブランドの個性を維持できる仕組みまで考えられていることがわかります。

デザインの参考資料は、デザイン作品だけではない

Egoshina氏は、デザイナーがほかのデザイナーの作品ばかりを参考にすると、発想が似通ってしまう危険性にも言及しています。

自身は民間伝承や詩、建築、ファッションなど、デザイン以外の分野からも着想を得ているそうです。制作を始める際も、最初から画面に向かうのではなく、資料を読み込み、手で描くことを大切にしています。

調査で得た素材を十分に理解してから、紙と鉛筆を使って考えを形にしていく。その過程で見つかった要素が、最終的なビジュアルの核になることもあります。

デザインのインプットというと、PinterestやBehanceで作品を探す方法が真っ先に浮かびます。もちろん便利ですが、見ているものがデザイン作品ばかりになると、どうしても発想が似てきます。

今回の話で面白いと思ったのは、街の看板や店主が手作りした装飾のような、普段なら見過ごしてしまうものを参考資料として集めているところです。文字の間隔がおかしかったり、色の組み合わせが妙だったり。それでも、なぜか印象に残るものはあります。

完成度の高い作品を研究することと、身の回りの違和感を観察することは、どちらもデザインの勉強になるはずです。

まとめ

Tatiana Egoshina氏の制作は、街の看板や手書き文字、地域の民間伝承など、日常の中にある視覚文化を出発点としています。

その観察はポスターやブランドデザインだけでなく、岩壁を使った映像インスタレーションにも発展しました。

洗練されたデザイン作品以外にも目を向けることで、独自の表現につながる手がかりを見つけられるかもしれません。

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